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『プールのあとに』(オトナの恋愛ラジオドラマ・イシダカクテル_2021年8月17日(RE:8月21日)オンエア分ラジオドラマ原稿)

仕事を終えジムに行きプールでひと泳ぎしたあと、僕は必ずバーに行く。

そして一杯目に必ずビールを頼む。

「ぷはーうまい」

自然と声が漏れる。

「ふふふ、ごめんなさい。あんまりおいしそうなんで」
「いやあ、これは失礼」
「コマーシャルかと思っちゃった」
「これだけ毎日暑いと、思わず声が漏れ出ちゃいました」
「いえいえ、私も少し前に同じ声を出しましたから」

と言って彼女は空になったビールグラスを僕に見せた。


「そうでしたか笑」


彼女はにこりと微笑んでマンハッタンを注文した。
僕は一気にビールを飲み干してジントニックを頼んだ。
そして僕らは乾杯をした。


「はじめまして」
「いきなり笑ったりしてごめんなさい」
「いや、そりゃ笑いますよね、こんな静かなバーで立ち飲み屋の客みたいな声を出していたら笑」
「フフフ。でもいいんですか?プールで泳いだことが台無しになっちゃいますよ」
「あれ、どうしてそれを」
「実は私もあのジムの会員です」
「そうだったんですか」
「はい。何度かお見かけしたことあります」
「そうでしたか。僕はまったく気付かなかった。プールですか?」
「はい。水中キャップを被ってゴーグルをしてるとなかなか気付かないですよね」


と言って彼女は長い髪を少し触った。


「そうですね。女性は髪の毛でずいぶん印象が変わります。きれいな長い髪ですね」
「ありがとうございます。私、好きなんです」
「え?」
「ジムのプールで泳いだあと、それを台無しにするようにビールを飲むのが」
「はいはい、わかるなあ」
「だからジムの後はビールを飲んじゃうんです」
「まさに僕もだ。ジム終わりにここに来て一杯目にビールを飲むのがセットになっている。もったいないというか、なんのためにプールで泳いでるのか笑」
「ビールを飲むために泳いでます、私は完全に」

と言って彼女はマンハッタンに口をつけた。


長い髪がかかる肩は水泳で鍛えられたきれいでしなやかな丸みを帯びていた。

「いい考え方だね」
「前はストイックにやってたんです、2時間プールで泳いでその後にヨガに行ったりして」
「泳いだ後にビールじゃなくてヨガか。すごいね」
「でも私がジムに行ってる間、そのとき付き合ってたカレは他の女と会ってた。それが分かったときすごくバカらしくなって」
「それはきついね」
「私なんのために、誰のためにきれいになろうとしてたんだって」
「…うん、自分のためじゃないとね」
「ええ、それに気付いてからはプールの後にお酒を飲むのが楽しみになった」


そしてまた彼女はマンハッタンをひと口飲んだ。

「ストイックに身体を鍛えている人は素晴らしいわ、でも私はそれくらい緩いほうが性に合ってる」
「まったくだ」
「あ、ごめんなさい。なんか私と同類にしちゃって失礼でしたね」
「同類ですよ。むしろこのあと餃子でも食べようかなって考えてました」
「えー餃子いいなあ」
「近くにうまい餃子屋さんがあるんだ。一個が小さいからいくら食べても太らないと思うんだよなあ」
「ふふふふ」


「どう?奢るよ」
「えーだったら食べ過ぎちゃうなあ笑」
「大丈夫、一個がとても小さいから笑」


そして僕らはバーを出た。



それから数日後。



プールでひと泳いぎした後は、僕らは必ずバーに行き、
一杯目はビールで乾杯をするようになった。



おしまい


※こちらの小説は2021年8月17日放送(21:00~21:30)
LOVE FM こちヨロ(こちらヨーロッパ企画福岡支部)でラジオドラマとしてオンエア https://radiko.jp/share/?sid=LOVEFM&t=20210817210000

※こちヨロは土曜日13:30~14:00でも火曜日の放送をREPEAT放送でお届けしています。

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