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臥遊―時空をかける禅のまなざし:3 /慶應義塾ミュージアム・コモンズ

承前

 展覧会名の頭には「常盤山文庫×慶應義塾」とある。鎌倉山・常盤山文庫のコレクションの一部が慶應義塾に寄託中で、本展は文庫の創立80年を記念したものだ。
 慶應側の出品作の多くは「センチュリー赤尾コレクション」。かつてセンチュリーミュージアムを運営していた財団からの寄贈品で、中世絵画も含んでいる。
 全作品中で最もビッグネームといえる雪舟の《山水図》(2幅  室町時代・15世紀)も、そのひとつ。長辺が25.1センチという小品である。

 最小限の筆づかいで、岩や木、湖水、家に橋、遠山といった山水風景を浮かび上がらせている。仕上げの濃墨を書き加えるまでは、なにを描いているかさっぱり。抽象画のようだ。それが、ちょちょいと目鼻をつけてやるだけで、あっという間に山水に様変わり。

左下は……2人乗っている小舟?
想像を膨らませる余地も大きい絵だ
=’AJourneyThroughPainting’ Exhibition by KeMCo

 本展では丹念な作品観察をもとに、現代の水墨画家も加わって、雪舟の筆の運び・順序を検証。白紙の状態からひと筆ごとにアニメーションで再現されており、たいへん興味深かった。自宅の壁にプロジェクターで投影して、エンドレスリピートにしておきたいくらい(公式YouTubeに上げてくれると嬉しいです)。
 魔法めいたとすらいえる「様変わり」の過程に、臨席していた者は目をみはったことだろう。よく描き込まれた絵よりも、こういった削ぎ落とされた筆致、意図された余白のほうに、画家の技量は出やすい。

山里か漁村か、季節はいつか。
観る人によって、受け止め方はさまざまだろう
=’AJourneyThroughPainting’ Exhibition by KeMCo

 雪舟はその人気ぶりゆえ、後世の多くの絵師が倣おうとし、近世には大名家の家宝として必須のブランドとなって、贋作が量産された。
 専門家のなかには雪舟の真作を十数点、さらにはひとケタに絞る向きまであるけれど、本展の作品解説で述べられているように「大作ばかりを描いていたのではなく、日常的に所望されるたびに、このような山水図を描き与えていたかもしれない」(図録21ページ)。こちらの見方のほうが、腑に落ちる気がする。
 同種の潑墨山水図で基準作とされるものは、著名な東博本(国宝)をはじめ、ほかに6点ほど確認されている。それぞれ見比べてみるのも、おもしろい。


 —— 「臥遊」とは本来、上の雪舟のような山水画の鑑賞に際して使われる表現だ。
 その言葉を冠する本展の出品作は山水ばかりと思いきや、全体に占めるウェイトは、じつはさほどではない。禅僧の墨蹟、道釈人物画、花鳥画、動物画が、山水画と同じくらい含まれているのだ。
 展示冒頭の「展覧会の巡りかた」でも「臥遊(絵画の世界に想像を巡らせて遊ぶ)」という説明になっている。また、英訳は ’AJourneyThroughPainting’。今回は臥遊を山水画の世界に限定せず、対象を広げて捉えているようだ。

 ポスターになっている祐周《海棠白頭翁図》(室町時代・16世紀  常盤山文庫)。

 ムクドリが、カイドウの枝にとまっている。ふさふさの羽毛をまとってはいるが、シャープで動きのある描き方。敏捷そうなムクドリだ。
 カイドウの白い花には、桃色や黄色の彩色があったとみられる。もとは、かなり鮮やかな画面だった。
 それだけに、水墨で描かれたムクドリの存在は、より目立ったことだろう(※目のあたりには、少しだけ白が入っている)。

 一休宗純の対幅《蘭図》(室町時代・15世紀  慶應義塾)。

 ランの奔放な線に、まずは目を奪われてしまう。そのせいか、賛に目を遣っても奔放なものと映る。
 じっさい、字が絵にかかっていたり、急に崩れたり、いかにも曲者。風狂の僧らしさが、画面いっぱいにあふれている。
 ただし、ランの根元では、竹石が地面に根ざすようにしてどっしりと存在しているし、賛では、墨継ぎをした文字がひときわ濃く太く、これまたどっしり構える。
 抑揚があってこその奔放さであり、のびやかさといえるのかもしれない。

 ——けっして広くはない、2室のみの展示スペースではあるけれど、絵や書の向こうには壮大な世界が広がっていた。
 その扉を開けるカギをくれた慶應義塾ミュージアム・コモンズに、感謝。


江戸城大手門の前にて。このあと、都営三田線に乗って三田に向かった


 ※京都国立博物館、来年春の特別展は「雪舟伝説」。雪舟とその追随者をテーマとしており、メインビジュアルは雪舟と若冲のツル。「東博へも来るべな」と高をくくっていたが、京博の単独開催とのこと。


 ※慶應義塾ミュージアム・コモンズの展覧会レポ。


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