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書を極める:鑑定文化と古筆家の人々 /慶應義塾ミュージアム・コモンズ

 慶應義塾大学が展示施設「慶應義塾ミュージアム・コモンズ」を満を持してオープンさせてから、はや1年。
 開館1周年の定番は名品展だろうけれど……なかなかどうして、慶應ではそんなことおかまいなしとばかりに、超がつくほどマニアックな展示が開催されていたのだった(いいぞいいぞ~)。

 代々、書の鑑定を生業としたのが「古筆(こひつ)」という家。筆跡鑑定というと警察の犯罪捜査を思い浮かべるけれど、どちらかといえば「なんでも鑑定団」の鑑定に近い。
 もともと巻物などの大部の状態であった書を分割し、「古筆切(ぎれ)」として鑑賞・蒐集の対象とする行為が、近世に広く流行した。細かく切り分けられた古筆切を鑑定し、書風や書流から時代・筆者を割り出して「極(きわめ=鑑定書)」を出すことが、古筆家の主な仕事。国宝の「三大手鑑(てかがみ)」は、いずれも古筆家やその周辺の鑑定家が鑑識の目を養い、あるいは照合するためにつくりだした台帳、つまりは商売道具だ。

 古筆家による「伝称筆者」には、現在の視点からすれば甚だ怪しいものも多い。また、極札の贋物が出回っていたりもする。こうしたこともあって、古筆家の鑑定内容は参考程度にとどめられ、古筆家じたいも長らく、脇にどけられたような存在であった。
 近年は古筆家とその仕事ぶりを詳らかにしようという研究者も出てきており、さらに、慶應義塾に寄贈されたセンチュリーミュージアム旧蔵の関連資料群の分析が進行していくにいたって、ようやく、古筆家の仕事の輪郭がみえてきたのである。今回は、その研究成果を示す貴重な機会というわけだ。

 とはいっても、一般的には上記のような説明がなければ「なにがなにやら」である。古美術・古書画の愛好者にとっても、よくてちょい役・端役としてぼんやり認識できている程度だろう。
 古筆家の展示と聞いて「おおっ!」と反応する人は、関連分野の研究者か、よほどのマニアに限られる。「刺さる人には刺さる」テーマで、飛行機や新幹線を使ってでも……と考える人もいるだろうなとは思われるのだが。
 そんな両極端の状況に対応すべく、なんとオリジナルのスマホアプリが用意されていた。最初のページで、ビギナーコースとマニアックコースを選ぶことができる。まあ、なんと親切なこと!
 他にも、会場内は自由に撮影可で、情報が詰まったオールカラーの図録を無料でいただけるなど、至れり尽くせり(慶應の展示は毎回このシステムだ)。相剥ぎ(※)の体験コーナーまであった。

 展示室1室(+廊下)の展示とは思えぬほどの、稀にみる密度・膨大な情報量の展示であった。
 慶應の展示は、アート・センターの展示も含めて毎回、知的興味がそそられておもしろい。事前予約が必要となるし、土日祝日は閉室であったりもするが、非常におすすめ。


 ※和紙を漉く工程からおわかりいただけるように、和紙の断面はミルクレープ状にいくつかの層に分かれている。そのため、上の層をうまいこと剥いであげれば、ホンモノ(と限りなくホンモノに近いモノ)が複数枚作製できる。これを「相剥ぎ」という。ただし、高度な技術が必要


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