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御舟と小津と古民家と:1

 速水御舟の作品《京の家・奈良の家》(昭和2年)。

 古都・京都と奈良の伝統家屋を組み合わせた、一対の額装の絵である。向かって右が京都、左が奈良。
 平面化・単純化の進むこの時期の傾向がよく表れた秀作で、広くとられた色面、それぞれを切り取る斜線の大胆さが、抽象画と見紛う趣を醸している。
 茨城県立近代美術館「速水御舟展」にも出品。拝見できるのがとりわけ楽しみな作品であった。

 《京の家》で目を引く赤い壁は、祇園・花見小路の一力茶屋と思われる。討ち入り前の雌伏の時、大石内蔵助が放蕩者のふりをして遊びほうけた逸話で知られ、いまも祇園で最も格式が高いお茶屋とされる。

 一般的な「京の家」というにはちょっと遠いが、勾配がゆるく、やや膨らみをもった「むくり」の屋根は、じつに京都らしい風情を感じさせる。
 このような屋根は、正確には京都を中心に関西のもっと広い範囲に分布するようだが、わたしなどは京都でこの屋根を見かけると、「ああ、京都に来たなぁ」としみじみしてしまうのである。

 《奈良の家》にも同様に「奈良らしさ」を感じさせる屋根が描かれている。こちらは一転して、急勾配だ。
 茅葺の切妻屋根の両端が少し高く、瓦葺とされている。この母屋の屋根を中心に、より勾配の緩い切妻屋根が連なる。
 こういった構造の民家は大和盆地やその周辺に特有で、「大和棟(やまとむね)」「高塀造(たかへづくり)」と呼ばれている。
 奈良行きの電車から大和棟の農家が見えてきたら、「ああ!奈良に帰ってきたのだなぁ!」と、わたしは感涙にむせぶのである。

 ※鏑木清方も、大和棟の古民家を描いている。


 ——御舟《奈良の家》では、ほとんど屋根だけで地域性を匂わせ、京都・奈良という対比性すら生みだすことができている。着想力がすばらしい。
 対比関係は他にも、屋根の傾斜の緩急はもちろん、花街と農村という都鄙・ハレとケ、日中と夕暮れどきという時間帯の差異などが見いだせよう。
 それらが同じ地平のもと、並置されているのだ。
 まだありそうな対比を探すなどしていると、形態そのもののおもしろさも相まって、まったく見飽きない。ポストカードが欲しくなったが、残念ながら取り扱いがなかった……(つづく


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