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南国の寂寥 田中一村展 /千葉市美術館

 千葉市美術館で田中一村の展示を観た。彼に関しては「奄美に移住して南国の自然を描いた日本画家」「千葉県出身」といった最低限の知識のみで、多くの作品に触れるのは初めてだった。
 後年の一村のイメージからすると、そのバックボーンにあるものが鉄斎のようなコテコテの南画・中国趣味だということは意外であった。その後、大正期に入ってから濃彩の細密表現に取り組み、自然への観察眼を研ぎ澄ませ、筆さばきや構図感覚に磨きをかけていくなかで、「いわゆる」一村の輪郭を形づくっていったようだ。奄美という終着点を知るこちら側としては、これらがすべて、奄美までのピースを埋めていく過程のように思えてくる。
 一村が奄美に渡って独自の画境に達したのは、齢五十を過ぎてから。奄美時代の展示作は小品が大半で、本画は《アダンの海辺》のみ。しかし一村の最高傑作と名高いこの《アダン》は、その前に立つ者を茫然とさせてしまうような不思議なオーラをまとった絵だった。
 アダンの木が大きく、画面を覆うように配されている。幹のうねりと葉先の伸びは、樹木の強い生命力を物語るよう。背景には縹渺たる砂浜、さざ波の立つ大海原、薄曇りの空。侘しさ募る海辺の情景である。
 一村が奄美でストイックに描き続けたのは、光と色彩にあふれたトロピカルな大自然である。そのはずなのに、彼の作品には決まってある種の寂寥感、憂愁がつきまとっている。そんな影のある絵だからこそ、心に深く沁み入るのかもしれない。奄美時代の一村の作品を、画家を覚醒させた奄美の自然とともに観てみたいと思った。
 奄美の自然を描いた作品は、奄美大島の美術館で公開されている。一村の暮らした家や、加計呂麻島にある『男はつらいよ 寅次郎紅の花』の舞台「リリーの家」などと併せ、いずれまわってみたいものだ。


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