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大英博物館 北斎 ―国内の肉筆画の名品とともに―:2 /サントリー美術館

承前

 みずからを、絶えず拡張しつづけた北斎。
 彼の残した絵はじつにバラエティに富んでいるが、そのどれもが、すぐに「ああ、北斎だな」とわかってしまうようなアクの強さを帯びている。
 それは節(ふし)の短い力強い運筆や、この人くらいしか描けないであろう奇矯な構図、人物のポージングなどに顕著に認められよう。
 たとえば、北斎の引く衣文線は、衣文線でありながらけっして流麗ではなく、完全に北斎その人の線となっている。花鳥の鳥は体をくねらせ、曲芸師よろしくアクロバティックな格好をみせる。北斎の思うがままだ。
 こういった特徴は、アク弱めの若い時分から最晩年の肉筆までずっと変わらずに貫かれていることが、今回の展示を拝見してよく確認できたのであった。
 なかでも極めつけが、西新井大師總持寺のビッグな扁額《弘法大師修法図》。これには圧倒された。
 版画や版本の小画面であっても、あれほどに “強い” 北斎の絵であるというのに……この絵馬は、240×150㎝という巨大さである。
 薄暗いお堂のなかに入って、ふと見上げると……赤い鬼とお大師さまの姿が、目に飛び込んでくるのだ。
 美術館で間近で観てもそれはそれで凄いものがあるが、もしそうやって出合ったとしたら、どんなにか驚くことだろう。後ずさりをする者、腰を抜かす者もいたかもしれない。

 ※西新井大師では、例年10月第1土曜日の「北斎会」で特別公開とのこと

 ――話は変わるが、じつはいま、もうひとつの北斎展が九州国立博物館で開催中である。しかも、開幕・閉幕とも同じ会期(4月16日~6月12日)で。
 当初は、双方の会期をちゃんと確認せずに「巡回展かな?」と思いこんでいたけれど、九博展とサントリー展はまったく別物の展示なのだ。
 九博展は、坂本五郎さんから寄贈された重要文化財《日新除魔図(にっしんじょまず)(宮本家本)》の全点公開を軸に構成されたもの。

 《日新除魔図》は北斎が毎朝1枚ずつ、日課として描いていた墨画で、長らく非公開だった。その全体像を、国内の浮世絵版画・肉筆画の名品とともにお見せしようというのが、九博展のキモ。
 このようなコンセプトであるから、サントリー展とのバッティングは必至。じっさい、小布施・北斎館の屋台絵などは九博に行っている。出品交渉はさぞ難航したであろうし、あるいは本展全体のコンセプトにも、このあたりの事情や思惑が影響したのかもしれない……
 そんなことは中の人にうかがってみなければわからないが、ともあれサントリー展は、一観衆としてたいへん楽しむことができた。上質な、北斎展であった。


 ※途中まで「《日新除魔図》が東京に来る!」と思いこんでいたので、若干の肩透かし感はあるけれど、それはただの勘違い。《日新除魔図》は、またの機会ということで……


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