「他者の目」を失ったなら、人の話を聞き入れる「耳」を養えばいい
「これおかしいんじゃないの?と思ったら言ってほしい」
私が旦那の店に立ちはじめた、その初日に言われた言葉だった。
彼はこれまで20年以上ものあいだ、今は亡き、先代の母とともに店を切り盛りしてきた。それなりにスタッフも雇ってはきたものの、やはり親子ゆえものの見方や価値観は似る。
それに加え、訳あってよそへの「修行」にはほとんど行けないまま、20代で3代目を継いでいる。
だから彼は昔から、他人から見たらおかしなことをフツウにやっちゃってるかもしれない、という不安をいつも抱えていたそうなのだ。
「オッケー!」と軽く引き受けたものの、蓋を開けてみるとびっくり。
ランチこそそれなりに忙しくなるものの、夜はもっぱら閑古鳥のオーケストラ状態。待てど暮らせどお客さまがこない日が、1ヶ月に何度もある。
こりゃー相当まずい部分があるのでは?と思わざるを得なかった。
勝手に使命感を感じた私は「他人だからこそ見えること」を活かして、なんとか忙しい店にしてやろうと意気込んだ。
だから、なんでも言った。メニューのこと、値段のこと、衛生概念、あいさつ、接客、分煙のこと。
他にも、うちがターゲットにしている客層って?みたいなソモソモ話とか、このお皿ここに置くのって非効率じゃない?っていうような細かすぎる話まで。
とにかく「?」と思うことはすべて言ってみた。
彼が想像する以上に言ったものだからさんざん喧嘩もしたけれど、幸い根っからの頑固オヤジじゃなかったおかげで、多くの意見を採用してくれた。
改革は大成功。連日お客さまでいっぱいになり、もっともっとと走り続けた。
*
自分の立ち位置がちょっと変わってきたなぁ、と感じはじめたのは、働きだして3年ほど経ったころだったと思う。
はじめの頃は、
「私がこの店のお客さまなら」
「私がこの店のスタッフなら」
と、つねに「外から見るとどうか」という率直な意見を述べることができていた。なのにいつのまにか、
「こういう注文が欲しい」
「こういうスタッフを雇いたい」
と、すっかり経営側の目線になっていた。オーナーである旦那と、まるで同じようなことを言うようになっていたのだ。
ともに経営するものとしての自覚が芽生えた、と言えるのかもしれないけど、それは同時に「他者としての目を失った」とも言える。
彼と彼の母の関係が物語っているように、考え方やものの味方が似すぎている者どうしで長く仕事をしていくと、視野が狭くなる。視野が狭くなると、お客さまを無視した、自己満足な仕事になってしまいかねない。
だから3年目の私は、内に内にとコミットしてくる自分を「あんたは今までどおり、あっちに行っとけ」って、必死に店の外へ追いやろうとした。なんとか他人の目を持ち続けようとしたのだけど......。
やっぱりだめ。3年が限界。
私はすでに、他人だからこそ気づけるはずの「おかしさ」が見えなくなっていた。それに以前のような「率直な疑問」も湧いてこない。
仮に何かに対して「ん?」となったとしても、いちいち「経営者側の事情」が首を突っ込んでくる。「お金がないから、時間がないから、メンドくさいから」と、もうひとりの自分が言いわけがましいのだ。
私はもう、あのときと同じ「よそから来たまっさらな人」には戻れないのだなぁと諦めた。
とはいえ、お店を経営していくにはなんらかの形で「他者の目」が必要であることはわかってた。かといって、コンサルタントを常時雇うような規模の店じゃない。
悩んだ末に私は、走るスピードを少しゆるめ、周囲の声にちゃんと耳を傾けてみることにした。
会計士さんや他店の同業、評価サイト、それに昔から常連のちょっと小ウルサイおじさままで、うちのことを外から見てくれている人は、実はたくさんいた。
その中でも、いちばん頼りにしているのは新入りのアルバイトさん。
「これおかしいんじゃないの?って思うことがあったら、お願い、言って!私の言葉を、疑って?」
と、冒頭の旦那のように頼み込む。
本来こちらから仕事を教えるべき新人さんにものを聞くなんて、と思われるかもしれない。
ただ、私がこの店に来たときがそうだったように、実際に働きながら「他者の目」としてお店を見るとどう思うかを聞くことは、お店をアップデートできる大きなチャンスだと思うのだ。聞き逃すなんてもったいない。
もちろん、全てをまるっと取り入れられるわけじゃないし、ちゃんと精査はするし「ごめんこっちの事情もあるのよぉぉぉ」って言いたくなることもある。
いつもホンネを言ってくれるとも限らないし、逆に指摘が図星すぎて、胸がチクリと痛むことだって。
それでも人の話を聞き入れる「耳」を持つことは「他人の目」を失った私にとって、最善の策だと思うのだ。
とかく家族経営は、閉鎖的になりがちだと言われる。人の何倍も意識して他者の声を聞き入れないと、時代に取り残された孤島のようになってしまうのだろうと、簡単に想像ができる。
だからもっともっと、自分の耳を養いたい。
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