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就職で自分の価値は決まらない

たまたまnoteで見つけたハッシュタグ。就職活動の話。もう22年の前の話なのかあ。

今、コロナ禍で苦しんでいる若い子に、役立てもらえるだろうか。

そんなことを思いつつ、書いてみる。

就職氷河期の就職活動

以前も書いたが、就職氷河期の就職活動は、それはそれは、思い出したくもない。

まだ当時はWEBでエントリーなんて、ない。

毎日写経のように履歴書を書くのがまず仕事。(コピーなんて言語道断)

5セット入の履歴書を何十セットも買っては書く。

デジカメもないので、写真館で撮ってもらった証明写真を焼き増し焼き増し。

覚えてるだけで半年で120社は送った。全国どこでもいいと思って送った。

企業もすごい数の応募が来ていたんだろう。どの採用要項にも「二次面接にすすめる方のみご連絡します」と書いてあった。そもそも「お祈りします」手紙さえ、返ってこなかった時代。

面接に行けたのは3社。

・上野の印刷工場

・銀座の文房具店

・中野のスタンプメーカー

少しでも美術、芸術に関わる仕事ができればいいと思っていた。

町工場の事務に100名が殺到した時代だった

印刷工場で言われたのは「こんな町工場の事務に100名応募がありました」ということ。正社員とパート合わせて10名位の会社だった。

なんで選ばれたのかわからないけど、面接はしてもらえた。

ただ来ていた方は、どの子も一般大学卒で、美術短大の私とは違う、良識のある女性、というかんじだった。

そこは落ちた。

残り2社も落ちた

銀座の文具店の二次選考は筆記試験だった。計算問題と、英語。

美術短大に進んだとは言え、ほぼバイトしかしていない生活。

「領収書」や「電卓」という、恐らく実務に必要な単語を書かせる、という試験だった。が、英単語なんて高校受験までで止まっている。問題用紙を見ても皆目検討もつかない。もちろん落ちた。

スタンプメーカーは、グループ面談だった。が、落ちた。其の頃は疲れすぎてて覇気もなかったんだろう。

就職してみればどこも一緒

私は新卒(卒業してすぐの4月)では就職出来ず、半年間フリーターをして、家庭の事情もあり、21歳で就職。その時の話はここのあたりに書いてます▼

たった2年間で、

1社目 1年で契約終了・更新なし(不動産)

2社目 パワハラ・ブラック企業で鬱になり半年で退職(デザイン事務所)

3社目 転職後4ヶ月で倒産(バッグメーカーのデザイン職)

という状態。

就職氷河期=不景気だったんだから、そりゃそうだろう。しかし当時は「働いているのが当たり前」なのに、自分だけこんなメチャクチャな人生、職歴でおかしい、けどどうしたらいいかわからない、とさんざんもがいていた。

(今思えば、資格もなく、挨拶もロクに出来ず、プライドだけ高い高慢なねーちゃんだったので、そりゃーしょうがないだろう、という感じだが)

ようやく希望の仕事につけても、パワハラ&ブラックで自ら退職しなければいけなかったし(当時売れに売れていた女性月刊誌の紙面を作る仕事だった)。

希望の仕事で就職出来ても、会社が倒産することもあるんだなあ、と絶望していた。。

学生時代は夢と希望に満ち溢れ、こんなデザイナーになる!とかいろいろ考えていたのに。

が、結局、一般企業は、多かれ少なかれ、新入社員が入ってすぐやれることなんて限られてる。

今はないのかもしれないが、お茶くみ、掃除、コピー取り。文房具の買い出しなどの雑用(アスクルなんかもメジャーじゃなかった)。

逆にそういうことをきちんとできて、挨拶も朗らか、素直、そういう子は会社でどんどん出世していったし、そうじゃない(私みたいな)理想だけ高くて、世間を蔑んで見ているような子は脱落していった。

仕事の評価と自分の人格は結び付けない

20代前半は世間知らずもいいとこだったので、メンタル豆腐、どころかメンタルプレパラート、くらいだったと思う。豆腐はまだ弾力があるが、強いと見せかけて、一瞬で砕けるプレパラート。

それでも死ぬわけに行かないので、(死にかけもしたが)、生きているうちに、鋼のメンタルになった。

挨拶の仕方とパソコンを覚え、なんとか、景気のせいで仕事がなくなっても、わりとすんなり、次に雇ってもらえることになった。

(4社目か5社目、26歳の時にリストラされるんですが)

それは、仕事や就職、周りの環境や評価は関係ない、自分は自分だということをしっかり持つ、ということだ。

そんな社会人生活で学んだことは、仕事の評価と自分の人格は結び付けないほうが幸せ、ということ。

それは我を通すとか、人と対立したら絶対譲らない、というわけではない。

仕事で怒られても、それはミスに対して怒られているだけで、自分の人格を否定されているわけじゃないと、割り切る。

契約が切られても、自分の仕事の仕方が悪かったせいであって、自分という人間が人間失格なんじゃない、と割り切る。

仕事=自分(人格)になってしまうと、精神的にめちゃくちゃヤられる。死ぬ。

私が2社目で鬱になったのは、クレーム(モンスターカスタマー)の電話で2時間怒られ続けらたことがきっかけだった。

今同じ電話受けたら「はあ?何言ってるんですか?社長出しますね」って言えるけど、当時は言えなくて・・・怒られる=自分が悪い、と思ってしまったんですねー。

でも、大概の人間関係で悩む繊細さんは、上司に怒られれば、私がダメな人間なんだ、と思ってしまうし、契約が切られたら、私に価値が無いからだと思ってしまう。

仕事の評価=自分の評価、なのも辛い。業績が良ければ有頂天になるし、悪ければ、死に値する、ということになってしまう。

幸せに生きたければ、仕事と人格は分けて考えよう。

就職出来ても出来なくても幸せは別にある

就職活動で辛かった、と思ってしまうのは120社から人格を否定されたと間違った理解をしてしまったからだ。それから22年も歩んでいたら、さすがにソレは違うと思えるけど、当時、高校、短大、と順調に来て、突然次のステップから拒否される、なんてことは想定していなかったので、パニックだったし自分を責めた。

今あの時の自分に声をかけてあげるなら

「就職出来るか出来ないか、と、自分の価値は関係ないよ」

ってこと。新卒数年は確かに大変だったけど流石に42歳にもなったら、周りにいろんな経歴の人もいるわけで。

どうせ就職出来なかったんなら、親に懇願して留学でもさせてもらったらよかったなとか、バックパッカーで日本一周とか、半年間無職で絵を描きまくるとか、その時にしかできないことをすればよかったなと思ってしまう。

時に「若い時にバイクで日本一周してさ」というオジサマにあったりすると、マジでかっけえ!と思ってしまう。

私はあんまりコロナのことはわからないし、今身近に就活している人もいないので、リアルなことはわからないけど、きっと私の頃と似たような状態なんじゃないかと思う。

どうしても日本の学校教育は、最終「就職」がゴールになっているので、そこしか見ないと辛いけど、本当の幸せや人生の選択肢は、もっとたくさんある。

もし今、120社くらいから自分を否定されていると思っている子がいたら、違う選択肢はないかな、と探してみるのもいいと思うよ。



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