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「個展やる意味ってなんだっけ」知らないのになつかしい写真

個展期間中の、一生忘れられないエピソードがある。
職場が近くてたまたま入ってきてくれた外国人のおとうさん。

ギャラリー内に展示した写真を一通り、ていねいに時間をかけて見てくれた。

ある写真の前に立ち止まって一言。
「これ、どういう気持ちで撮った?」

いきなりの想定外の質問に一瞬構えたけど、
「夕方、街で、影がきれいだと思って」と答えたら。


「なつかしい、子供のころを思い出す。この横に床屋があった。なつかしいね」


聞くと、おとうさんは南アメリカ・ボリビアの生まれで、日本に移住して40年近くになるという。

本当になつかしそうに、昔のアルバムをゆっくりめくっているときのような目で、うっとり写真を眺めている。

そのおとうさんから発せられたこの言葉を聞いた瞬間、わたしは泣きそうになった。


もちろん写真を撮ったのは日本だし、横に床屋なんてなかった。

でもこのおとうさんは、40年以上前、幼少期を過ごした母国で確かに「この横」に床屋があった景色を見ているのだ。

その景色を40年以上越しに、南米から遠く離れたこの日本の地の、縁もゆかりもないわたしの1枚の写真を見て思い出し、なつかしんでくれている。

そして、なつかしいと思ったその気持ちを今、直接伝えてくれている。
こんなに嬉しいことはないと思った。

今の時代を生きるわたしが大切に撮った写真が、さっき偶然出会ったこのおとうさんの子供のころの情景にリンクして、心の中の何かに少しだけ触れたのだと思うと、胸が熱くなった。

まだ写真のほうを向いているおとうさんの横顔を見ながら、勝手に子供のころの姿を想像した。


ギャラリーから外を望む


無名のフォトグラファーである私の写真展の会期は、9日間。
正直ギャラリーに人がいない時間のほうが長い。

加えて季節は冬至を過ぎてまだ間もない1月上旬。
4時過ぎにはギャラリー内も薄暗い。

誰もいない狭いギャラリーでずっと突っ立ってるのもおかしいので、スペースの奥のほうにある備え付けの椅子に腰掛けて本を読んだりして時間を潰した。

(↓そのとき読んでた本)


1週間を超す渋谷での個展の開催は、なかなかのコストがかかった。

自分の人脈のボリューム感や作品の引きの強さがどんなものなのかは自分が一番わかっていたから、もちろんひっきりなしに人が来るようなことは想像していなかった。

けれど、それでも「個展やる意味ってなんなんだっけ?」と期間中何度か思ってしまうくらいには孤独な時間も過ごした。(4日目くらいから慣れたけど)

友人や家族、お付き合いがある方もたくさん来てくれた。
通りがかりで気になって入ってきてくれた人もいた。

久しぶりの人もいたから近況を聞いたり、自分が何をしている人で、なぜこの個展に足を運んでくれたのかを説明してくれたり、本当に色んな人と色んな話ができた。

そのどれもが嘘偽りなく嬉しかったのに、どこか手放しでは喜びきれない自分がいた。

それは恐らく「うしろめたさ」が常に頭の片隅にあったから。
撮影に至るまでのコンセプトの詰めの甘さや、自分が理想とする写真との乖離感。

せっかく来てくださった人に、作品を自分の言葉でうまく説明できない申し訳なさを勝手に感じていた。

反省をしすぎるのはよくないが、なんせ様々な感情を浮き上がらせるには十分すぎるほどの時間があった。(結果的に今のわたしには9日間、しかも全日在廊、という条件での会期は長過ぎたという結論になる)(ひとりひとりと長く話ができた点はよかった)


そんな中での、このおとうさんとの出会いだった。

おとうさんとはほかにも、こんな会話をした。

(長野の野辺山付近で撮った木の写真を見て)
「いいね。木、大好き。古い木とか大きい木に触って、よくパワーもらってる。周りから見るとへんな奴と思われてると思うけど」

「私も、よくやります」

(水面に溶けるように映った紅葉した木々の写真を見て)
「こういうの好き。ぼくの娘も好きだと思う。ぼくの娘は絵を描いてる。でも最近は子育てが忙しいから描いてない。また描いて欲しい」

わたしは会ったことのない娘さんの姿と、娘さんの描く絵に思いを馳せた。
娘の創作活動をリスペクトして心から応援できる親はすごいなと思う。



結局のところ。
今まで自分の人生に関わりのなかったひとりの人が、わたしの写真を見て想いを巡らせている。
その場面に立ち会えたことが嬉しかったんだと思う。

この先も写真をやって生きていく自分の未来が少しだけ明るく照らされたような気がして。
こころのお守りになったような出来事だった。


よかったと思ったこと、よくなかったと思ったこと。
そのどちらも、個展を開かなければ感じることもできなかった自分の正直な気持ちだ。大切にしたい。
そしてそれを糧にして、逞しくこれからの活動につなげていきたい。


奇しくも個展のタイトルも、そんな気持ちでつけていた。
「今日の風、あしたの光」

先のことは分からないけど、少なくとも今日吹く風を身体全体で感じて、あしたに光があることを信じて進んでいく。
ユーモアを胸に。


個展会期中、外から見たギャラリーの様子


個展開催に合わせて制作したグッズを販売しています。
おとうさんが立ち止まった写真もグッズになってます。
見つけてみてくださいね!


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