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目を逸らさない

 もう、書かずにはいられなかった。

 1月11日。寒さが一段と増す中、新国立競技場で行われたラグビー大学選手権決勝。55-28で早稲田大学を下した天理大学の初優勝で幕を閉じた。関西勢の優勝は、実に36季ぶりだった。

 優勝インタビューで周囲への感謝を述べた松岡主将は、中高の1つ下の後輩。当時から本当にラグビーが大好きで、プレーに貪欲で、あの熱さも雄叫びも全く変わらない。

 2年前の大学選手権決勝。22-17で天理を下した明治は、22年ぶりの優勝を果たした。ピッチ上で抱き合い、喜びを爆発させる紫紺の選手たち。対照的に、秩父宮の芝生に沈む黒のジャージ。後半に猛追を見せたものの、初優勝には届かなかった。あと1トライという点差も、言葉にならないほど悔しかったのだろう。

 表彰式での出来事だった。「CHAMPION」と書かれたボードを前に笑顔を見せる明治の選手たちを、私はスタンドから見ていた。ふと目を移すと、数人の天理の選手。その中に松岡はいた。彼は、明治が喜ぶ姿をじーっと見ていた。ロッカールームに引き上げる仲間が多い中、目を逸らさず、まるでその光景を焼き付けるかのように。

 何でもないワンシーン。なぜ、こんなことを覚えているか。それは、ある言葉に起因する。

 2014年、サッカーW杯ブラジル大会。決勝のドイツ対アルゼンチンは、延長113分にゴールを決めたドイツに軍配が上がった。世界の頂点を目前にして、アルゼンチンは敗れ去った。その時、NHKの中継で解説を務めていた元サッカー日本代表監督の岡田武史は、こんな言葉を口にした。

 アルゼンチンの選手がじーっとドイツが喜ぶのを見てたあの目。あれは目を逸しちゃいけないんだ、見なきゃいけないんだよ。そしてまた『この野郎!』と思って立ち上がるんだよ。で、おそらくアルゼンチンの子供もTVでずーっと見ているんだよ。「絶対、大人になった時にドイツを破ってやる!」って思うんだよ。きっと。そういう気持ちっていうのはけっこう大事なんだよな。アルゼンチンのやつ素晴らしかったよ。じーっと見てたよ、 そりゃ悔しいと思うけど、あれを目を逸らさずに見て、そして、もういっぺん立ち上がっていく。人生と一緒だよ。そこから逃げちゃ終わりだよ。 

 あの時の松岡の目が被った。競技は違う、世界一と日本一の規模も異なる。けれど、あの目だけは、なんの変わりもなかった。

 もう少し時間があれば、もう少しプレーを続けられていたら、自分たちが勝っていたかもしれない。けれど、突きつけられた現実。考えただけで、目を覆いたくなる。でも、目を逸らさず、まっすぐに見ていた。

 そして、今日。関西王者の天理は、選手権準決勝で因縁の明治を撃破し、新国立競技場へ乗り込んだ。足を引きずりながらも黙々とタックルし、途中交代でピッチを出てから涙を流す松岡の姿は、多くの人の心を揺さぶっただろう。あの時、目を逸らさなかった強さが、今日の優勝に直結しているのではないだろうか。

 スポーツに限らず、苦境は誰にでも訪れる。投げ出したくなる。逃げたくなる。でも、そこで目を逸らさず、向き合った経験は、いつか必ず自分に返ってくる。松岡のプレーは、そう語っているようだった。

 大和。日本一、ほんまにおめでとう。

 ひとまず、ゆっくり休んでください。

(お写真、こちらからお借りしました)

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