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2023年映画感想No.67:兎たちの暴走(原題『兔子暴力 The Old Town Girls』) ※ネタバレあり

アップリンク吉祥寺にて鑑賞。僕は映画館の座席は入り口から入りやすい通路脇を好む傾向にあるのだけど、アップリンク吉祥寺は同じような作りのスクリーンばかりで毎回入り口がどこかわからなくなるから予約でチケット買うのが非常に難しい、ということをたまにアップリンクを利用するたびに思っている。

時系列を前後する構成の上手さ

時系列的には最後にあたる誘拐事件の顛末を冒頭に見せておく構成がとても効果的だった。誘拐事件という出来事がサスペンスとして強い掴みになっているのだけど、何が起きているのかが少しずつ見えてくる(逆にいうと細かいところまではわからない)というこの場面自体の描き方に緊張感があるので、そこから時系列が戻ったときに冒頭の場面にどう繋がっていくのかを強く意識させられる。
登場人物たちが後に誘拐事件に関わっていくということのヒントとして冒頭パートと本編パートに同一人物を示す情報の入れている点も上手い。それがあることで一見関連性が無い二つのパートを一つの物語が貫いていることがわかるし、だからこそ冒頭と違う部分に「何が起こるのか」という興味が生まれている。
結構どの登場人物にも冒頭の出来事に関わりそうな設定があって、どの方向から事件につながるのかをいろいろ考えながら観てしまった。

大人を頼れない少女たち

女子高生の主人公は父親の再婚によって家庭に居場所がないので、身近な肉親である父親よりかつて出て行った母親に繋がりを求めている。地元に戻ってきた母親はイケイケで自立しているように見えるので主人公にはカッコよく映るのだけど、少しずつその裏側が見えてくるにつれてこの母親もまた「頼れる大人」としては破綻を抱えていることが浮かび上がる。
母親が抱える人生の行き詰まりは孤独な主人公の未来の姿のようにも感じられるのだけど、だからこそこの母親が主人公に見せる「失った居場所を取り戻せるかもしれない」という希望がただの空手形だとわかっていく展開がより主人公を追い詰めてしまうのが皮肉で救いがない。
それぞれに家庭に承認の欠落を抱える友人たちとの関係も主人公が母親との関係を回復していく中でバランスを崩してしまう。最近の映画を観ていて「現実の問題に対して良心が救いにならない」という現実認識がとても増えた印象があるのだけど、本作でも同じ痛みを抱えながら大人の事情によって分断されていくシスターフッドが描かれる。

高低差で示唆される主人公たちの社会的立場

橋の上から放った天燈が橋下の水面にゆっくりと降下していくのを見ながら主人公が「願いが水の底に届くかも」と呟く場面から彼女たちの物語が始まるように、彼女たちの生きる孤独な日常は文字通り社会の”ボトム”として低い場所に象徴されて描かれている。
主人公は孤独が募ると水辺のソファに座る。母親への憧れの眼差しは舞台の下から見上げる形で描かれる。主人公や同級生の家をめぐるロケーションでは特徴的に高低差のある地形を捉える。また、劇中の多くの場面では雨が降っており地面にたまる水が印象的に切り取られる。この映画全体が水の流れつくところに登場人物たちの絶望がたまっていくような物語になっていると思う。
クライマックスの凄惨な出来事が起きるのは川の上流であり、流れ着く先は絶望だということが映画的にも示唆されている。そうやって暗い川辺で追い詰められた主人公親子を土手の上にいる通りがかりの人たちが光を当てて探そうとするのだけど、細くて遠い光は彼女たちを見つけられない。やばい状況が見つかってしまうかもしれないというサスペンスフルな演出であり、同時に見つからないことでまるで彼女たちが平和な社会から遠ざかってしまったかのようなよるべない印象を残す。

不条理の中で取り返しのつかないことになってしまう若い世代を生み出さないようにと社会に投げかけるメッセージで映画が終わるのだけど、そのテーマをどこに向かうかわからない物語でサスペンスフルにまとめ上げていて素晴らしかった。
映画として目が離せない面白さがあることで映画自体の射程を広げている。

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