記事に「#ネタバレ」タグがついています
記事の中で映画、ゲーム、漫画などのネタバレが含まれているかもしれません。気になるかたは注意してお読みください。
見出し画像

2023年映画感想No.47:パリタクシー(原題『Une belle course』) ※ネタバレあり

資本主義の末端で余裕無く生きる主人公

チネチッタ川崎にて鑑賞。
冒頭から粗野で金がなく免停寸前の中年タクシー運転手である主人公シャルルのキャラクターが手際良く映し出されるのだけど、それらは本人の性格的な問題というより「金がない」という貧困からくる余裕の無さとして描かれている。
「働けど働けど我が暮らし楽にならざり」という状況に関しては物語中盤でも本人がボヤくやりとりがあるのだけど、冒頭から洗車するタクシーのフロントウィンドがボヤけて外の世界が見えないという演出があるなど車はシャルルの「どこにもいけないこと」を象徴するものでありその内側に閉じ込められて日常を過ごすシャルルの閉塞が演出的にもしっかりと感じられる。
銀行員の客を乗せる場面では階層の違うシャルルと客とでギスギスしたやりとりがあるなど資本主義によって余裕を無くした現代パリの人々の分断された関係性が透けて見える。免停間際で警察に見つからないようにながら運転で親戚に金策するなどめちゃめちゃギリギリの状況であることがヒシヒシと伝わる描き方になっている。
メインとなるマドレーヌとの出会いも「金のためなら多少無理する」的な行動原理がきっかけにあり、マドレーヌとの関係を通じて彼の”余力の無さ”がどう変わっていくのかという分かり易い変化の余地がある。

マドレーヌの人生の物語としての強度とそれを共有するロードムービーとしての構成

パリの反対側にある介護施設に向かう道中でマドレーヌの語る半生ともに思い出の地を巡るのだけど、不条理に多くを奪われてきた人生が物語としてとても強く、それだけでもグイグイ見せられる語り口になっている。
ナチスに父親を殺され、愛した男性と結ばれず、結婚した男からは酷いDVに遭い、逆襲したことで投獄されてしまう。ようやく出所できた矢先には息子が戦場で死んでしまう。彼女の多くを失ってきた経験を共有することで労働に殺されるような日常を生きるシャルルが自分に残されたかけがえのない人生を思い出すような展開になっていくのが良かったし、またその物語を「人生の回り道」として物理的に共有する旅路が象徴性とロードムービーとしての面白さを同時に生み出している。

利害関係からの解放に向かっていく丁寧な描写の積み重ね

運転手と客、という雇用関係ではなく旅を通じて互いに寄り添い与え合う関係性に変わっていく描写も丁寧で温かかった。
シャルルが協力することでマドレーヌの人生が物語として証明され、救われていくようであり、そうやって過去を遡ることがシャルルのこれからを救っていくという相関が美しい。マドレーヌがシャルルに与える金では得られない経験に対してタバコ、アイス、ディナーとシャルルがシェアするものの変化によって彼が金銭的利害から解放されていくことを示す描写の積み重ねが良かった。金のために忙殺されていたシャルルが最終的に兄との金の貸し借りを断ってマドレーヌにディナーをご馳走するまでになるなど、金では買えない良心の示し方にグッときた。

金という特権的な解決のロジック

個人的にはラストは結局金かよという感じではあって、これではたまたま恵まれた人と出会った幸運な話として矮小化された結末に受け取れてしまう余地があるように感じてしまった。
「人生捨てたもんじゃない」と気づけたからタクシーの仕事を続けられるという話の方が良いのではとも思うのだけれど、車という「どこにも行けない世界」から解放されてここではないどこかに大切な人たちと踏み出していくというのはこの物語的には綺麗なハッピーエンドとして筋が通っているかもしれない。

この記事が参加している募集

#映画感想文

67,587件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?