記事に「#ネタバレ」タグがついています
記事の中で映画、ゲーム、漫画などのネタバレが含まれているかもしれません。気になるかたは注意してお読みください。
見出し画像

2023年映画感想No.58:カード・カウンター(原題『The Card Counter』) ※ネタバレあり

見せないことで多くを語る作劇~その象徴としての主人公

ヒューマントラストシネマ渋谷にて鑑賞。
ポール・シュレイダー監督の作品らしく内側に狂気と罪を抱えた人物を抑制されたタッチで描く。
主人公が生計を立てているポーカーに関して全くゲーム性が描かれないなど、主人公にとってギャンブルや勝負には感情も意味もなく、ただロジカルで規律に満ちた生活に身を置くことが何か自分自身を押さえつけているかのようですらある。
自分なりの秩序で生きる寡黙な主人公の奥行きを佇まいだけで立ち上がらせる色気たっぷりのオスカー・アイザックから目が離せないのだけど、この映画自体も表面的な出来事の裏側にある"何か"が描かれないことで引き込まれる作劇になっている。ほれぼれするほど上品で切れ味鋭い。

何も起きていない場面に緊張を持続させる撮影と演出

内省に囚われていることの裏表として作業のように生きる主人公の日常があり、彼自身感情を持たないからこそ描写自体も淡々とした場面が続く。その非人間的な生の在り方にこそいつでも一線を踏み越えられる人間の危うさ、緊張感が満ちているようで、いつか何かのきっかけで取り返しのつかないことが起きてしまうんじゃ無いかという怖さや緊張がどの場面にも漂っているように感じられるのが映画として素晴らしかった。
序盤に彼の抱える狂気が強烈なインパクトで可視化されるモーテルの場面があるからこそ、それ以降の何も起きていない場面にもそれを重ねてしまうような語り口になっているように思う。そういう世界観と直結する要素として、彼の生きている世界をそのまま映し出すようなアート味の強い演出や撮影も全編一貫した緊張感を生み出していてすさまじく味わい深い。

フレッシュな映像体験の悪夢演出

内面世界の演出で言うと、主人公の見てきた気が狂うような地獄をまさにそのまま観客にも叩きつけるような悪夢演出も映像体験として素晴らしかった。
より主観性が拡大されるようなショット構成自体とてもフレッシュだし、そうやって奥へ奥へと焦点が掘り進められていくような画面の作りが内心では「そっちに行くとまずい」と思っている方にグイグイと引き戻されていくような抗い難さを際立てている。
あの画角で向き合うウィレム・デフォーの凶悪さたるや。

希望の落とし穴としての絶望

そうやって贖罪に囚われ人生が破綻している主人公が擬似親子関係と大人なロマンスという極めて人間的な他者との関係によってぎこちなく人生を再生させていく。どんなに自分自身や生きることに絶望していても人は誰かと繋がることや希望に抗えないのだと思う。他者に対して役割を持つことで少しずつ自分を赦し、救われていくような主人公の物語にグッとくる。
そうやって一歩一歩繊細に人間的なる世界で生きるなけなしの希望を積み上げてきた物語があるからこそ、それを一発で台無しにしてしまう絶望の暴力性が際立つような構成にもなっている。時間をかけてゆっくりと主人公の再生に付き合ってきたからこその虚しさと悲しさの落差。どれだけ理性的に生きていたとしても絶望や暴力というものは簡単にそれを飛び越えてしまうから怖い。

救いにも絶望にも思えるラストの余韻

ラストの奇妙な余韻も良かった。繋がりのようでも隔たりのようでもあるラストカットが絶望にも希望にも感じられる。積み上げたものをぶっ壊してしまった主人公にそれでも残った何かが彼を救うのだと信じたいけれど、振り出しに戻ったことでかえって状況はより深刻なようにも感じられる。

この記事が参加している募集

映画感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?