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2023年映画感想No.88:クリティカル・ゾーン(原題『Critical Zone』) ※ネタバレあり

ヒューマントラストシネマ有楽町にて鑑賞。東京フィルメックス2023コンペティション部門にて上映。

高速道路のトンネルを走っている救急車を後ろから追う長回しのカットから映画が始まるのだけど、この救急車が意外なタイミングで道を曲がり、そこから隠れていた社会のアンダーグラウンドに入り込んでいくような場面構成がハッとする見せ方で引き込まれる。映っているものの信用できなさ、ひいては映される世界そのものの信用できなさを提示しているようであり、同時に映像の映画であることを宣言しているようでもある。劇中では現実を失調する感覚の入り口としてカーナビが変なことを言い出すという描写があるのだけど、そうやって気付かぬうちに異世界に迷い込むかのような主人公のトリップ自体も車の運転に象徴されているようにも思う。
このファーストシーンで救急車からばら撒かれているのはドラッグであり、それを受け取った売人たちが高速道路という都市のネットワークから社会に散っていく。同じような背格好、同じような車に乗った売人たちの中の一人として主人公の視点にフォーカスされていくような見せ方になっていることで、特定個人の話ではなくイラン社会のアンダーグラウンド全体を象徴するフィルムノワールとして映画が始まっているように感じられる。

主人公が運転する車内の場面から「あれ?」と思う描写があるのだけど、家に帰ってきてカバンの中身をどさどさ出すところで「やっぱり大麻吸ってたのか」とわかる。ドラッグディーラーの主人公は四六時中大麻を吸っているような男であり、ほぼ全編が大麻でパッパラパーになっているストーナーの視点を追体験するような話で、いつどこから悪夢が始まっているのかわからないような感覚がとても面白い。幻覚、幻聴、神経過敏や強迫観念、情緒不安定、時間感覚や空間認識の歪みなど主に大麻を中心にドラッグでキマってる人の状態を主観的にも客観的にも一通り網羅して見せてくれる解像度の高いアシッドムービーだと思う。
バリエーション豊かなドラッグ描写の数々がそのまんま深淵に迷い込むようなフィルムノワールのギョッとする世界観を作り出していて、脈絡のない構成など観ているこちらも何が現実で何が起きているのかを見失っていくようなクラクラする映画体験だった。

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