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Loïc Tanson『The Last Ashes』ルクセンブルク、家父長制を内外から破壊するボーネシュルップ・ウエスタン

2024年アカデミー国際長編映画賞ルクセンブルク代表。皆さん、ルクセンブルク映画をご存知ですか?共同製作国に入ってる映画じゃなく、ルクセンブルク出身監督が撮ったルクセンブルク語を話すルクセンブルク映画です。私は知りません。なので観ていきます。時は1838年、オランダ占領下にあったルクセンブルクでは度重なる飢饉や戦争、疫病によって人口の1/4が亡くなり、大多数が国を離れていた。そんな中、北部ではゴリマッチョ父を中心としたグラフ家が人里離れた高地に君臨していた。彼らに忠誠を誓った者は保護されたが、グラフ家の横暴に耐え忍ぶ必要があった。主人公ヘレーネは10代の少女、グラフ家領地の風習に従って木の皮で作った仮面を付けている。彼女はグラフ家の末息子ジョンの許嫁だが、自由行動は勿論のこと、女のする仕事以外は認められず窮屈な思いをしていた。ある日、ジョンを説得して村から逃げようとして失敗し、ジョンは足の腱を切られ、ヘレーネは一家皆殺しにされた。15年後、オジブワ族に助けられたヘレーネはウーナとして、オランダの支配から抜け出したルクセンブルクに戻ってくる云々。テイストとしてはユーロウエスタン、つまりボーネシュルップ・ウエスタンであるが(ボーネシュルップはルクセンブルクの郷土料理)、物語は想像以上に鈍重だ。そもそも銃が火縄銃に毛が生えた程度なので連射も叶わず、自分に銃を向けている敵対者に正面から堂々と近付いて行ってちゃんと撃たれるというくらいに身体の動きすらも鈍重だ。そういった鈍重さは国家や体制の変化の遅さとリンクしている。そして、ウーナはその"遅さ"を利用して、自らを遅効性の毒として体制に混ぜ込むように、ゆっくりとグラフ家を締め上げていく。また、ほとんどわざと撃たれていることからも分かる通り、ウーナ自身も自らを断罪するような自己破壊を前提とする覚悟があり、ラストもあからさまに『シェーン』のラストを引用して、彼女の生死を曖昧にしている。旧体制と共に滅びる最後の世代という認識なんだろう。だからこその『シェーン』(西部開拓時代から定住時代への流れ?)引用なのかもしれない。

一方のグラフ家も15年の間に最高権力者だった父親が年老いて、好戦的な長男ピエールと神父となったジョンの間で後継者争いが勃発しており、それでも父親が権威を持とうと兄弟同士を反目させるという、まるで戦国時代の落ち目の大名家みたいな状態に突入していた(最近ようやく戦国時代に興味が出てきて色々調べているのでなんでも戦国時代に見えてくる)。働き次第で跡目を選んだるに俺のために死ぬ気で働けってか?という冗談は置いとくにしても、残されたジョンの戦いは興味深い。15年間たった一人で秘密裏にグラフ家と対峙してきたのだ。その戦いもまた、ヘレーネと同じく自身が遅効性の毒となるような、長い時間を掛けた復讐である。念願の国家誕生と共に、女性が外側から、男性が内側から、旧世代の遺物たる家父長制をゆっくりと破壊していくのだ。

・作品データ

原題:Läif a Séil
上映時間:125分
監督:Loïc Tanson
製作:2023年(ルクセンブルク)

・評価:70点

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