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Svetla Tsotsorkova『Sister』ブルガリア、世界をおちょくりすぎたオオカミ少女の尻拭い

初長編『Thirst』を撮り終えて、より潤沢な資金で快適かつ柔軟に映画を撮ろうと考えていたツォツォルコヴァだったが、結局ポストプロダクション時に参入したドーハ映画協会以外の資金援助は得られず、仲間内で撮ることになって前作よりも心地悪い経験となった。インタビューでは質問の答えから何度も逸脱してはお金の苦労について語っている。"リアルはそこにあって、後は撮るだけよ"と語る彼女にとって、そこまで大きな問題ではなかったようにも感じるが、それも苦し紛れの一言なのかもしれない。主に撮影された家屋は監督の自宅近くにある廃屋で、その中をちょっとだけ改築したらしいが、そんな近場で済ませたとは考えられないくらい抜群な立地で驚いてしまう。中でも、度々登場する通りに面した姉妹の部屋は印象的だ。夜中でも目と鼻の先をトラックが爆走し、角部屋に二つも付いた窓からヘッドライドが部屋を明るく照らす。そんなデカい窓の下に、それぞれライナとカメリアのベッドが並んでおり、彼女たちは枕を共有して寝転んでいる。"横になる"という行為を"立っている"と対比させ、前者に正直さと無垢さを与えている本作品において、寝転がる行為が殊更に強調される姉妹の部屋は、もう戻ってくることのない無知なる時間を思い出させる最後の断片と言えるだろう。それらの対比は、子供時代を大人時代の端境を生きるライナの危うさを表している。

映画は大量に並んだ陶器の人形の前でカメラに語り掛けるライナのバストショットで幕を開ける。出稼ぎに行った父親が麻薬取引に手を出したままバックレて、手下が母と姉を殺しちゃったんだ、と少女は不幸な身の上話を淡々と語る。その切り返しに登場するのは監督を含めた数多くの観光客たちであり、彼らは同情の証としてお金を渡してくれる。そのお金を持って久し振りの食事を…なんて話が続くはずもない。彼女は、片田舎のつまらない生活を少しでも楽しいものにしようと、勝手に物語を作ってその中に自分を置いているのだ。母親も姉もピンピンしている。彼らはライナの嘘にうんざりしているようで、そんなそっけない態度が更に彼女を孤独にしてしまう。ライナ役の Monika Naydenova は監督の前作にも重要な役で出演している。

彼女の嘘は観光客相手には留まらず、基本的には姉カメリアの恋人であるおっさんミロに向いている。ライナにとって嘘は、つまんない人生を少しでも楽しもうとする努力の一環であって自己完結しているのだが、どうしてもミロが気に入らないライナは、"彼と寝た"と嘘を付いてしまう。当然、ライナとカメリアは紛争状態になり、以前からミロもライナも疎ましく思っていた母親も加わって、四人の関係性はより悪化していく。今まで適当なことばかり言っていたライナにとっては、生まれて初めて言葉に対する"責任"を問われる事態となって困惑し、嫌がるミロを追いかけ回して責任の一端を押し付けようと躍起になが、既に"オオカミ少女"となっている彼女は誰からも信じてもらえない。こうして映画は、子供だからこそ許されていた世界から突如として大人の世界に放り込まれた少女を眺めながら、その成長を見守っていく。

本作品がちょっとボリューム不足に感じてしまうのは主に二点。まず、ライナの嘘が全体的にしょぼいのだ。これは最後の嘘のヤラカシ感を高めるために相対的にしょぼくしている部分もあるとは思うが、もっとガキっぽい感じというか、イタズラ小僧感を出して反抗して欲しかった。もう一つは、最終的に未婚の母親に対する不信感の挿話にすり替わってしまうところか。徹底的に子供目線で、大人になることについて語ってきた映画が、突然母親目線で抑圧と苦労を語ることになるのは、構造的にもあまり上手くないように思える。

本作品は最後の最後直前まで、Monika Naydenova の映画だ。仏頂面で世界を見つめて斜に構え、ミロを保護者のように諌める彼女の顔や行動には、子供らしさがすぐに顔を出す。その度に、大人と子供の間を揺れる少女のもがきを感じてしまう。なにより、彼女の目が素晴らしい。どうしてもカンテミール・バラゴフ『Closeness』の Darya Zhovnar を思い出してしまう。

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・作品データ

原題:Sestra
上映時間:97分
監督:Svetla Tsotsorkova
製作:2019年(ブルガリア)

・評価:80点

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