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フランチシェク・ヴラーチル『マルケータ・ラザロヴァー』純真無垢についての物語

この世には題名とポスターくらいで既に大傑作を約束してくれる作品が少なからずある。本作品もそんな作品の一つである。チェコの黒澤明と呼ばれたフランチシェク・ヴラーチルの長編三作目である本作品は、実に二年近くも掛かって完成したチェコ・ヌーヴェルヴァーグの最高到達点とも言われおり、西側諸国の有名監督(例えばキューブリックのトレードマークとなる"凝視"の原点は本作品とされている)にも絶大な影響を与えている。加えて、私の大好きな要素である混乱発狂虚無破壊絶望の全てが含まれている奇特な映画であるから、好きにならずにゃいられないじゃないか。

Vladislav Vančuraの同名小説の映画化作品であるが舞台を200年も前に戻し、13世紀のチェコに変更している。これはプシェミスル家のオタカル1世が治めるボヘミア王国が繁栄し、ローマ教皇に世襲と称号が認められて神聖ローマ帝国の選帝侯となった時期であり、チェコの黎明期と重なっている。この当時、ボヘミア王国はキリスト教徒と異教徒が混在する地域であり、それは本作品の王家とコズリーク一門の対立に落とし込まれている。ここにラザル一門というキリスト教を道具として扱う第三勢力を加えることで三元論を繰り広げようとしたが、あまりにもコズリークとラザルを強く描きすぎたためヴラーチルとしては不満に思っているらしい。ちなみに、キリスト教的な抑圧は当時の社会主義に置き換えて見ることも可能で、最後にマルケータが欺瞞に満ち溢れたキリスト教を捨て去る挿話にヴラーチルの政権批判的な反骨精神がうっすら見て取れる。

第一部ではコズリーク一門の若い兄弟アダムとミコラーシュ及び敵対するラザル一門について語られ、全ての中心にマルケータが置かれている。最も純真無垢だった彼女の目を通して物語は進み、彼女がミコラーシュに犯され純真さを失うことで第一部は終わる。第二部は修道士ベルナルトを中心に据え、純真無垢であることを継承した彼の目を通してコズリーク一門が崩壊していく物語を捉えることになる。やがて、マルケータとベルナルトは出会い、マルケータがキリスト教に幻滅することでかつて最も純真だった者は"キリスト教的邪悪"となって野に放たれ、強かに生き延びるのだった。

終始音がボワーっとしているのはヴラーチル作品の特徴であるが、それに教会音楽(聖歌隊的な)が加わることで、画面の重苦しさを耳でも捉えることが出来る。そして、前述の"キューブリックの睨み"のように接写で俳優に迫ることもあれば、平野や山のロングショットで遠距離まで空間をぶち抜くこともある、正に縦横無尽なカメラワークが物語を静かに盛り上げていく。どのショットも一つの画として存在できるほど力強いのだ。ここまでショットがキマっているのは、私はパヴェウ・パヴリコフスキ、ペドロ・コスタ、ミハイル・カラトーゾフくらいしか知らない。

マルケータの初登場シーンは心が震えた。タトゥイーンばりの荒野をカメラに向かって歩いてくるマルケータのクロスカットで、丘の上にある教会へ歩く修道女、そして修道服に身を包んだマルケータが挿入され、彼女は胸から白い鳩を出す。この短いシーンに本作品の基ヴラーチルの魅力が全て詰まっていると言っても過言ではない。ちなみに、白い鳩というのは、ヴラーチルのデビュー作『The White Dove』と関連があるのか、それとも平和の象徴なのかというのはよく分からない。サブリミナル的に我々に刷り込みたかったのだろうか。同作も非常に面白い作品なだけに、この引用とも取れない引用に心が踊った。

結論、本作品は全てが素晴らしい稀有な映画だ。

・作品データ

原題:Marketa Lazarová
上映時間:162分
監督:František Vláčil
公開:1967年11月24日

・評価:100点

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