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【ネタバレ考察】ジョーダン・ピール『アス』"自分自身"を殺すことについて

世界で最も恐ろしいのは"出会ったことのない自分"という説を全面に押し出したピールの最新作。全く同じものに入れ替わるというのは『ボディ・スナッチャー/恐怖の街』に通じるものもあるが、同作が"知っている人が知らない人に変わる"という古典的な恐怖の行き先を共産主義に向けていたのに対して、本作品では貧困格差に向けている点で異なっている。また、家宅侵入系悪夢譚として『ファニーゲーム』を大いに参考にしているようで、ゴルフクラブを握りしめるシーンでうぉっとなる。旦那が足を砕かれる展開も似ている。以下ネタバレのオンパレード。

・"自分自身"を"殺す"こと

物語は平均的な中産階級の黒人一家がビーチに訪れると、自身とそっくりなドッペルゲンガー"Tether"の一家に襲われるというもの。問題の発端である母アデライドを中心として、父ゲイブも娘ゾラも息子ジェイソンも、自分のTetherと対決し殺すことになる。これが中々恐ろしい。暗闇に彼らがいるだけで、闇に溶け込んで白目しか映らないという映像的恐怖も宛ら、一切痛みを感じないTetherたちが文字通り吠えながら少しづつ近付いてくる状況の恐ろしさが画面を支配し続ける。そもそも、自分の分身であるTetherを"殺す"ことで生き延びようとするのは、社会で"自分"を押し殺して生き延びようとする中産階級の黒人たちを象徴している。男性陣は、Tetherが自身の行動をコピーできることを利用して、自分自身を傷付けるようにして倒す=内なる暴力性を鏡像として見せるTetherたちを"殺す"ことで、男性的な"強さ"に対する皮肉に言及しているのだろう。翻って女性陣は、コピーされた自分の特技(アデライド→言葉、ゾラ→足の速さ)に立ち向かい、勝利する。これも、自分のやりたいことを押し殺して付き従う女性たちのメタファーなのかもしれない。実際、アデライドはビーチでの出来事を伝えられないまま、家族でビーチに来てしまったし、ゾラは彼女の脚力を披露できぬまま映画は終わってしまう。

・Tetherとハンズ・アクロス・アメリカ

Tetherとは何者なのか。どうやら政府が作った全国民のクローンであるが、体は完全に作れたのに対して心は作れなかったようで、地下の施設に実験用ウサギと一緒に放置されていたようだ。アデライド一家は中産階級として豪華な家に暮らしているのに対して、Tetherのレッドたちは大部屋に押し込まれて誰も彼もが永遠に続くトンネルの中で本物の模倣を意思もなく繰り返すだけだ。しかも、Tetherは本物の活動をコピーしてきただけなので、夫も"出会っただけ"、子供たちも"産んだだけ"で家族の繋がりなんか無いに等しい。そして、Tetherは声すら発せないのだ。映画の冒頭で、"アメリカの地下には何千マイルもの放棄されたトンネルや廃駅がある"と言われ、そこで暮らすホームレスが居るという都市伝説を想起させる。Tetherの象徴するものは、貧富の差なのだ。地下で暮らすしか無い貧困層と地上で悠々と暮らす人々の物語なのだ。そして、終盤でアデライド少女が見つめる段差の下とレッド少女が見つめる段差の上にこの格差が集約される。
ちなみに、このエレベーターであるが下向きのものしか用意されていないという恐怖もある。永遠に階級の差を破壊できないという暗示なのかもしれないが、一応政府の研究者が研究していたことを考えると余計に不気味。

では、自由を奪われ意思のない行動を繰り返す日々を奪い返すために、レッドが思いついた"手をつなぐ"運動はなにか。1986年のハンズ・アクロス・アメリカという運動からきているのは明白だ。元々飢餓に苦しむアフリカを援助しようとして大物歌手が集結して"We Are the Wolrd"を世に送り出した歴史的イベントがあり、その翌年に同じ団体がアメリカ国内における飢餓・貧困・ホームレスと戦うイベントとして企画されたのがハンズ・アクロス・アメリカだった。10ドル払って列に加わり、手を繋いで西海岸と東海岸を結ぶことでアメリカを繋ごうとしたのだ。しかし、問題として、10ドル払ってこの列に加わる人間にホームレスが居るはずもなく、適当に金を持った中産階級が参加したことの自己満足に浸るためのお祭り騒ぎであり、同時に金持ちの売名行為でもあった。最近だと"アイス・バケツ・チャレンジ"と近いかもしれない。勿論、どちらのイベントも大きなお金を集め、貧困問題やALSの認知度の向上に貢献はしたものの、後者でも氷水を被ること自体に意味を見出した人々も多く居たように、ハンズ・アクロス・アメリカも一過性の"お祭り"に過ぎなかった。

なぜレッドはそれを復讐の中心に据えたのか。彼女はアデライドと入れ替わっていることが最後に判明し、そこにヒントがあるだろう。上の世界で最後に見た"貧困について考える"イベントから着想を得ているのだ。子供目線で覚えていたという事実と、実際にその後何も変わらなかったことを知らなかったということなんだろう。メタ的に考えると、ピールは貧しい人々の団結力を示し、それを狂気的に描くことで中産階級が転覆されるかもしれないという恐怖を作り出したのかもしれない。上を見上げて這い上がってくる者の希望と下を見下ろす物が下で蠢く者に感じる恐怖を同時に描いているのだ。

・息子ジェイソン

ジェイソンとそのTetherであるプルートとの関係も非常に興味深い。Tetherは本物の能力や興味をコピーするので、恐らくはジェイソンの"火"に対する興味というのは元からあり、実際に火を使ったヒヤリハットも起こしているんだろうし、意思のないぎこちない動きをするプルートにとっては、それがヒヤリハットではなく重篤な事故に繋がってしまったというのはあり得る話だ。だからこそ、ジェイソンは火の点かないライターで火を起こし続け、ライターごと消す(マジック)ことで興味を消し去ったように過ごす。ボートを人一倍気にする父ゲイブやマラソンが得意だが走りたくはない姉ゾラとは違って、火への興味は薄れていないからこそ、ジェイソンはプルートに対しての繋がりを見出しているのかもしれない。

別の見方があるとすれば、一番幼いため、まだ階級の差などを意識することがなく、ジェイソンにもプルートにも明白な敵対意識がないという説もあるだろう。だからこそ、火だるまになった車を見て罠であると見破り、手を十字のように広げて火に飛び込むのを無抵抗で繰り返したのも、純粋さあってのことだったのだろう。プルートだけが金のハサミを持っていないのも、"火"という共通の武器を持っていたためと考えられる。

ラスト、アデライドが元は地下出身であると気付くシーンで、ジェイソンはいつも額に上げている仮面を下ろす。恐らくはレッドから話を聞いてアデライドの過去を知っているんだろう。これは"プルートになる"時にする行為であり、"成り上がり者"である母親を許して秘密を守ることを暗に示したと同時に、自身がその血を引いていることから、その架け橋をするかもしれないという未来への決意かもしれない。プルートと入れ替わったという説もあるらしいが、私はレッドから聴いて真実を知ったと捉える方に一票入れたい。

プルートという名前も興味深い。名前の由来について、多くの人が考えるプルートはディズニー作品に登場するグーフィのペットだろう。しかし、飼い主であるグーフィも犬であり、その他の動物が会話できる中、プルートは全く会話もできないただの犬なのだ。加えて、ローマ神話のプルートは冥界の王であるのも面白い。初めて明確に描かれたTetherの死であるだけに、中々興味深い関連性じゃないか。

・父ゲイブと娘ゾラ

物語の発端が母アデライドであり、その興味の行き先はより防御力の低いジェイソンであるので、ゲイブやゾラにはフィーチャーされないことが多い。だからこそ、ゲイブの見せ場である小船での戦闘とゾラの見せ場であるゴルフクラブでの襲撃と自分を轢き殺すのは重要だ。前者は、昨今の家族映画にありがちな父性の破壊が、おそらく足を砕かれてそのまま湖で戦闘することに繋がってくるのだろう。ゾラについては前にも触れたので、ここでは割愛。

ちなみに、ゲイブのTetherはアブラハムという名前で、これも生々しい聖書の引用であることが伺える。ゲイブとはおそらく大天使ガブリエルから来ていて、その役割である受胎告知では"二人の赤ん坊が地上に現れる"と預言を与える。ゲイブはアデライドの人生に現れ、二人の子供を産むための役割を果たす。翻ってアブラハムは、ノアの洪水以降初めて現れた預言者であり、神に息子イサクを殺せと命じられそれを実行する(実際には天使が止めに入ったことで事なきを得る)。共に聖書の登場人物でありながら、人々の希望であるイエスの到来を伝えたガブリエルと、狂気的な信仰によって息子も神に差し出しかけたアブラハムから名前が付けられているのは興味深い。

・友だちのテイラー夫妻

友だちのキティ、ジョシュ夫妻も興味深い。彼女たちの家は、おそらく最先端のセキュリティを誇っているはずなのだが、勿論Tetherは本人なのでヌルっとセキュリティを抜けているというのが本当に恐ろしい。安全だと思っているデジタルのロック機能だって、クラックする方法はいくらでもあることの暗示でもある。加えて、"通報して(call the police)"と聞いたアレクサが"Fuck the Police"という音楽を流すシーンに見られた現代的な新しい妨害手段は今後映画の中で使われていくことだろう。

このキティとは、冷淡な現代社会を示す有名な事件"キティ・ジェノヴィーズ事件"から来ているのかもしれない。彼女は1964年に刺されて亡くなった女性であるが、大声で助けを求めたのに対して、近所の住民が誰一人助けようとせず、結果死に至ったという事件の被害者なのだ。これによって"傍観者効果"という集団心理がより研究されるようになった。逆に、キティのTetherであるダリアは"ブラック・ダリア事件"から来ていると考えるのが自然か。1947年に発生した女優の惨殺事件で、有名な未解決事件でもある。ちなみに、彼女たち二人は"危機的状況にあった白人女性"の代表的な人物であり、今でも人々の興味を引き続けているが、実際"殺された黒人の女性"として有名な人はほとんどいないため、"危機的な状況にある黒人女性"の映画である本作品に置いては激烈な皮肉として機能しているのだ。

どうでもいい話を加えておくと、双子の娘は双子の女優が演じている。

・エレミア書11章11節

劇中で"11:11"という数字が何度か登場する。例えば、初めてTetherの一家に襲われた時刻もゴゴ11時11分だったし、それに対する通報番号も"911"という関連は面白い。映画ではビーチに来た直後、おじさんが刺されて救急搬送されるシーンに出くわす。彼が少女の時代に出会った"エレミア書11章11節"という札を持って立っていたおじさんであり、Tetherに殺された最初の人物でもある。その内容といえば、エルサレムの人々が、禁止したはずの偶像崇拝を続けていたことから神が"祈りなんか聴いてやらん"とブチギレ、災いを下すところなのだ。貧しい人々のことを考えなかった=いけないことをしたから、災いを下す=Tetherが襲来するという意味にも取れる。ここでの災いがTetherの襲来であるのは、地上に暮らす人々の傲慢に対する災いであって、Tetherの本来持っている階級転覆的な意味合いは無いように思える。

他にも、鏡、ハサミなど左右対称となる物が登場し、本物とTetherの対比を強調している。

・ビーチでのフリスビー

序盤に登場する不気味なフリスビーのシーンも印象的だろう。レジャーシートにプリントされた青いドットにピッタリの大きさのフリスビーが、青いドットをすっぽりと覆ってしまう。そして、フリスビーは赤地に金の星がプリントしてあるのだ。これは赤い服を着て金のハサミを武器に襲来したTetherを示しているとみるのが自然か。また、青いドットをすっぽりと覆ってしまうのは、元いた人間を完全に取って代わることを意味しており、今後の展開を暗示させるシーンとなっているのだ。アデライドがハッとするのは、自分が元々レッドであることから気付いたと読むことも出来そうだが、アデライドはレッドの計画は知らないはずなので、不吉な予兆の一つと考えるべきだろう。

・ジョーダン・ピールとウサギ

最後にどうでもいい話を加えておくと、ピールはウサギが嫌いらしい。まず目が怖いし、人間なら確実にサイコパスだろうと言っている。彼のウサギに対する恐怖心が、"籠の中のウサギ"として登場し、人間界とTetherの世界を繋いでいるのかもしれない。

・終わりに

書けば書くほど書きたいことが出てくるような作品で、序盤から伏線に満ち溢れている。何度も観たい傑作だ。

・作品データ

原題:Us
上映時間:116分
監督:Jordan Peele
公開:2019年3月8日(アメリカ)、2019年9月6日(日本)

・評価:95点

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