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Aaron Schimberg『Chained for Life』ルッキズム批判を超えたその先へ

凄まじい大傑作。トッド・ブラウニング『フリークス』の舞台裏を現代で緩く再現したかのような内幕もので、アルトマンライクな長回しと他愛ない会話が積層していく。映画内映画では、盲目の妹とそれを治そうとする医師の兄を中心に、妹と他の患者たちの交流を描いている。しかし、映画の大部分はその外側にあり、自分の見た目から自虐的になっている俳優ローゼンタールと妹役を演じるメイベルとの交流を通して、それぞれの、引いてはクルー全体の細やかな成長を描いている。

冒頭で引用されているポーリン・ケイルの"俳優女優は美しくあるべきだ"という文言を見てしまえば、レックリングハウゼン病を患うローゼンタールを中心に据えてルッキズムへの批判を展開する退屈なお説教映画になるのかと思いきや、映画はそんな予想を遥かに超えていき、ルッキズムが問題になり始めた世界のその後を描くような華麗な共存を生み出していく。その点、"映画を見た目で判断するな"という映画的ルッキズムの批判にも繋がってくるのは見事としか言いようがない。

映画内映画は『フリークス』のクレオパトラにスポットを当て、ルッキズム批判を混ぜたような作品になっており、その外見を"治す"ことで"普通の"生活をさせてあげようという医師や、鏡越しに登場するギョロ目のおじさんに驚く女性看護師などと対比するように、盲目だからこそ対等に患者と接する妹を描く、なんとなく前世紀的な作品になっている。しかし、その外側では演技経験の少ないローゼンタールが初の大役に不安を感じる姿、他のキャストの囁き声や台詞の練習を自分の噂と勘違いして悩むメイベルの姿などを描き、差別的な目線は一切感じさせない。それどころか、クルー全体の意識を少しずつ変化させていき、映画の結末を変更させるまでに至るのだ。

映画の中には病院を巡る映画内映画の他、夜中に時間が出来たローゼンタール以下他の患者役のエキストラたちがカメラで撮影したり妄想したりする挿話が随所に配置される。印象的なのは車の運転席に座るローゼンタールが助手席の女性と大喧嘩するシーンだ。この一連のシーンではルッキズムが意識されない世界ですら実現していない役を演じて、業界の無自覚な無理解を暴いている。また、映画内映画でのローゼンタールが"純真だったが裏切られる障碍者"、映画でのローゼンタールが"容姿から自虐的になる青年"としてステレオタイプ的に描かれている意味も、魅力的な悪役として描かれるこの挿話から滲み出てくる。或いは別の挿話として、実際に酸を掛けられて顔に傷を負ったメイベルが、手術して"普通"の暮らしを手に入れたローゼンタールと再会する話では、"ありのままでいい"というメッセージに一見反するかのように"美しくありたい"という願いが込められており、批判の行き過ぎにも警戒していることを示唆している。全ては"他人をそのように受け入れる"ことに帰着しており、他人とその意志を尊重することの重要さに結びつく。

"Blindness is Illness, and the metaphor"という言葉は盲目の妹を演じるメイベルの発言であり、映画内映画と映画そのものについて総括的な発言として登場する(しかもかなり序盤に)。我々が無自覚に差別的であることは明白であるが、それは病のように拡大もするし、取り除くことも出来るのだ。何重にもなった挿話や妄想の入れ子構造は問題の複雑さをそのまま体現しているようで、表面的には他愛ない会話で終わる世界でも、現実の世界はもっと混沌としていることが的確に提示されている。

・作品データ

原題:Chained for Life
上映時間:91分
監督:Aaron Schimberg
公開:2019年10月25日(イギリス)

・評価:95点

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