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セリーヌ・シアマ『トムボーイ』 偽りの自分から一歩踏み出すとき

カンヌ国際映画祭予習企画第一弾。今回、セリーヌ・シアマは監督四作目にして初のコンペ入りを果たしたのだが、世界的にシアマの名前を知らしめた作品が監督二作目の本作品だった。日本ではデビュー作『水の中のつぼみ』や脚本を担当した『ぼくの名前はズッキーニ』の方が有名であり、本作品はフランス映画祭及びル・ステュディオで上映されたにも関わらずソフト化には至っていない。

父親に車の運転を教えてもらっている主人公ロールのカットから始まる。10歳のロールには妹ジャンヌがいて、両親とパリ郊外のマンションに新しく引っ越してきた。あと少しで新しい弟も産まれる予定だ。いつもタンクトップに短パンでウロウロしているロールは、見た目は少年そのものであり、同じマンションの子どもたちの集まりにも名前はミカエルであると嘘をついている。ロールは体が"男の子"ではなく"女の子"であることを、近所の子供達には隠していたのだ。しかし、明確に"性同一性障害"などに言及されることもなければ、ロールがどうして男の子として振る舞うかまでは言及されない。すべてを"普通のこと"としたいのに、"普通ではない"と区分されてしまうことに最初にぶち当たる壁という話なんだろう。

サッカーのシーンは映画の中でも象徴的なシーンである。サッカーは足を使ったゲームなのに足はほとんど映されず、ロールの興味の中心である上半身に映画の興味も中心に置いている。チーム分けのためにシャツを脱いで上裸になる、口に溜まったからツバを吐く、といった"何気ない"行為に対して目が行き、ロールがそれをミカエルとして繰り返す姿を追っている。ロールは繰り返しを達成して"何気ない"姿を何気なく晒すことで、"男の子"たちに仲間入り出来ると思っているし、実際出来たのだ。こんな感じで、ロールは周りの世界に、自分なりに適応していこうとする。立ちションは出来ないが、海パンに粘土を詰めて股間の膨らみっぽくすることは出来るし、髪を短く切りそろえることも出来るのだ。

一方、ミカエルはリサという少女に好かれていて、二人はいい感じの空気なんだけど、リサはミカエルが女性であることには気付いていない。妹のジャンヌを含めて、リサや男の子たちと遊んで夏が過ぎていくが、新学期を迎えるに当たって、少しずつだが不穏な空気が忍び寄ってきていた。

父親はロールが男だろうと女だろうとどっちでもいいし、本人の好きにすればいいと思っているようだが(突き放している訳ではなく優しく受け入れている)、確かにそれでは根本的な解決にはならないし、"何がいけないんだ?"という問いに"何もいけなくないから、どうしていいか分からない"と返す様な感じが痛々しい。

ロール役を演じたZoé Héranの中性的な魅力は非常に評価したい。視線の動かし方みたいなちょっとした所作も性別なんか超えた"人間的"なものであって素晴らしい。妹役のMalonn Lévanaもまた素晴らしく、図らずも姉ローレの秘密を知ってしまったのに、彼女に協力して外では"兄がいる"と言ってあげる優しさに感動した。バレてしまった後、姉妹が一緒に寝るとこの美しさは異常。

最終的に理解者を得たように思えるラスト。あの笑顔はそれに対する感謝と共に、その先にある新たなフェーズに突入したロールの意思表示とも取れるんじゃないか。クローゼットから出た少女が、本当の自分をさらけ出すのはまだまだ先の話なんだろうけど、偽らずに生きる道の第一歩を踏みしめたロールを、我々で祝福しようじゃないか。

・作品データ

原題:Tomboy
上映時間:82分
監督:Céline Sciamma
公開:2011年4月20日(フランス)

・評価:90点

・余談

現在Zoé Héranは20歳だそうで、最近の写真はこんな感じ。全然変わってないっすね。

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