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コーネリアスの音楽的変遷を辿る12曲 ~ From 「Into Somethin’」 to 「環境と心理」〜

 コーネリアス(小山田圭吾)が活動を再開した2022年の夏、テイ・トウワ選曲によるYMOのアルバム『Neue Tanz』(2018年)を聴き、ふと「自分がCD1枚の長さでコーネリアスの選曲集を作るなら何を選ぶだろう」と思いついた。
 そこで、「コーネリアスの音楽的変遷を辿る」をテーマに、時系列に沿ってCD1枚分の曲を選び、簡単なメモを添えたのが本記事である。
 なお、本テーマは、以下のnote記事からインスピレーションを得たものである。この場を借りてお礼申しあげる。


キング・オブ・カッコマンと私

 1979年生まれの私は、中学から高校時代にあたる90年代中盤、ピチカート・ファイブや小沢健二に夢中だった。それにもかかわらず「渋谷系のプリンス」であるコーネリアスに関しては、ラジオで楽曲を耳にしたり雑誌で見掛けるもどういうわけか興味を持てず、「小沢健二のかつての相棒」とか、「肩掛けウェストバックのキング・オブ・カッコマン」という程度の認識であった。
 あるとき、予備校の友人が「聴いた方がいい」と3rdアルバム『Fantasma』を貸してくれた。帰宅後すぐに通して聴き、その変幻自在の音楽的な「豊かさ」に衝撃を受けたことを鮮明に覚えている。
 その日以来、フリッパーズ・ギターの作品は勿論、小山田圭吾の作るものは細大漏らさず継続的にフォローしてきた。
 ただ、2010年代初頭の頃から、その洗練されたサウンドに感心する一方、心躍ることがめっきり少なくなったのも事実だ。主に私自身の感受性の衰えに依るものと思うが、昔ほど聴き込めなくなっていた。
 そうした中、2021年、例の事件が起こる。
 国内だけでなく海外からも誹謗中傷が寄せられ、メディアで連日のように否定的に取り上げられるのを目の当たりにし、怒りと悔しさが込み上げた。そして、そうした感情とともに、「彼の音楽を聴き直したい」との思いが生じたのである。皮肉にもこの炎上騒ぎが、私にとって、コーネリアスへ向き直す契機となった。
 その後、コーネリアスの作品を何度も聴き、過去の雑誌記事や書籍を読み直し、SNS上の論評を調査した。こうして、彼の偉大さを改めて理解したのである。
 そうして、テイ・トウワが初めてYMOを聴く人へと『Neue Tanz』を作ったように、私もコーネリアスの音楽的変遷を辿れる選曲集を作ってみたのである。

選曲対象は幅広く

 選曲対象は以下の通り幅広く設定した。

———————-
 1991年のフリッパーズ・ギター解散以降に制作された楽曲であって、
 ・コーネリアス名義の楽曲
 ・小山田氏がプロデュースした楽曲
 ・小山田氏が作詞・作曲・編曲(リミックスを含む)の少なくとも一つを担当した楽曲
 ・小山田氏が演奏参加(ギター参加など)もしくはボーカル参加した楽曲
 ・コーネリアス名義の楽曲のリミックス作品

転換点は『FANTASMA』か『POINT』か ~コーネリアスの音楽的変遷の見方~

 本編に入る前に、コーネリアスの音楽的変遷の「見方」について確認しておく。

 日本国内の音楽批評においては、4thアルバム『POINT』を転換点と位置付けているものが多い。

…このアルバム(筆者注:『POINT』)は、『ファンタズマ』に引き続きマタドールからもリリースされ、欧米の主要メディアで論評された。第二期コーネリアスのはじまりであり頂点である。(野田努)

『別冊ele-king コーネリアスのすべて』(2017年、株式会社Pヴァイン)

国内外・過去現在、あらゆる対象をフラットに見渡して、現在の完成から選び・組み合わせる手法が全盛だった1990年代の日本でデビューしたコーネリアスは、その「編集」的感性に長けたポップスターとして当初見られており、実際、1997年に発表された情報過多な3rdアルバム『FANTASMA』はその象徴として扱われた。だが、21世紀に入ってからの作品、2001年の『POINT』と2006年の『SENSUOUS』に感じられる「音楽」そのものへの純化の態度は、コーネリアスに対する「編集」の魔術師というイメージを「構成」の音楽家へと軌道修正させた。

『Cornelius × Idea: Mellow Waves コーネリアスの音楽とデザイン』(2017年、誠文堂新光社)

 他方、渋谷系音楽等の研究に携わるMartin Robertsは、コーネリアスの音楽キャリアを”referential phase”と”minimalist phase”に分類し、3rdアルバム『FANTASMA』をその転換点と位置付けている。

… I position Fantasma between two distinct historical phases of Oyamada's musical trajectory. The first, extending from his work with Flipper's Guiter and his first two albums as Cornelius, is what I'll call the referential phase, of which the album marks the concluding moment after reaching its high point in 69/96. Initially consisting of eclectic stylistic pastiches of American and British popular music genres, it increasingly gravitates toward hip-hop and electronic music, both in the use of sampling itself and as sound sources for breakbeats and other materials. This phase, I will suggest, originated in Oyamada's own experiences as an avid record collector and the Shibuya-kei style of music that emerged from it.
The second phase, which begins in earnest with Point but which we already see the beginnings of in Fantasma, involves a break with music as reference and sign to the idea of music play of abstract, non-referential objects, collectively comprising a distinctive library or sound world. This is the "minimalist" phase of Oyamada's work, extending from Point to the soundtrack of Ghost in the Shell.

Roberts, Martin. Cornelius's Fantasma. United States of America: Bloomsbury Publishing Inc, 2019.

 拙い訳で恐縮だが各フェーズは次のとおり。

  • Referential Phase: レコード収集文化を背景に英米ポップ音楽などの断片を折衷的に組み合わるフェーズ。フリッパーズ・ギター時代の3枚のアルバムに始まり1995年の2nd『69/96』で頂点に達する。

  • Minimalist Phase: 他者の楽曲を参照することを止め、抽象的で非参照的な音素材を用いて独自のサウンドを構成するフェーズ。4th『POINT』より本格的に始まるが、萌芽は『FANTASMA』に見られる。

 referential phaseの頂点は『69/96』でなく『FANTASMA』と考える点を除き、Martin Robertsの考えに同意する。
 というのも、『FANTASMA』には『POINT』につながる、エレクトロニカ、ポストロック、または音響ポップ的な、「音の響きや質感、配置への拘り」が既に感じられるからだ。M4「Clash」、M7「Star Fruits Surf Rider」を聴けばそれが理解しやすいだろう。そして、1999年から2000年にかけてのリミックス作品(Blur、K.D.Lang、テイ・トウワ、Tahiti 80、Beck など)では、パンニングが意識的に使われ、音数が絞り込まれ、音と音の隙間が生かした作品が作られていき、2001年の『POINT』にシームレスにつながった…と、当時リアルタイムに感じていたことを思い出す。

かなり前置きが長くなってしまったが、本編に入る。

#01 Into Somethin’ ~ More Mission ~ Into Somethin’ / Mo’ Music -『JAZZ JERSEY』(1992年)収録

 Mo' Music名義ながら、本楽曲がフリッパーズ・ギター解散後初となる小山田氏ソロ作品である。
 本作は当時人気を博していたアシッド・ジャズの様式に忠実なインスト曲。James Taylor QuartetやBrand New Heaviesの作品と言われても違和感がないほど、時代の音に対する鋭い嗅覚を持つ小山田氏らしいリファレンシャル(参照的)な楽曲である。
 なお、本楽曲は資生堂UNOのCMタイアップ曲でもあり、同CMには小山田氏本人が出演している。そうした意味でも、フリッパーズ・ギター解散以降、表舞台から退いていた小山田氏の復帰を象徴する一曲と言える。

#02 Heavy Metal Thunder / hide -『96/69』(1996年)収録

注:本アニメ映像は楽曲と関係ありません。

 本作は、2ndアルバム『69/96』のリミックス集『96/69』収録、X JAPANのギタリストhideによるリミックス作である。
 1994年に小山田氏は、アシッド・ジャズの他、The Style Council、Roger Nichols & the Small Circle of Friendsなどの影響も見られるコーネリアス名義の1stアルバム『The First Question Award』をリリース。世間から「渋谷系のプリンス」と持て囃される。
 翌年の1995年、そのイメージを振り払うかのように、ヘヴィメタルやハワイアンなどの趣味性を強烈に打ち出すとともに、プロトゥールズによるハードディスク・レコーディングを導入して製作した2ndアルバム『69/96』をリリース。なお、小山田氏は中学時代にBlack SabbathやKISSをバンド演奏するなど、元々メタルに通じている。
 本アルバムの中でも特にヘビーな「Heavy Metal Thunder」のリミックスをhideが手掛けたことで原曲のメタル要素が増幅。加えて、hideの1996年のアルバム『psyence』が持つサイバーかつポップなテイストも付加され、(正直に申して)原曲を上回るクオリティに仕上がっていると感じる。

#03 Star Fruits Surf Rider / Cornelius -『FANTASMA』(1997年)収録

 本作は、コーネリアスの世界進出の契機であって国内外の評価を決定付けた他、彼自身の音楽的変遷の転換点たる重要アルバム『FANTASMA』の先行シングル曲である。
 ボサノバ、エレクトロニカ、そして当時「心にはまった」というドラムンベースがごく自然に融合。フリッパーズ・ギター時代から続くreferencial phaseの到達点ともいうべき完成度を誇る。
 同時に、音の耳当たりやパンニングなどのサウンドデザイン的な拘りも感じられ、minimalist phaseの本格的到来を予感させる。
 本作はライブの定番曲のひとつであり、ファンからの人気も高い。まさにコーネリアスの歴史における代表曲といえる。

#04 Plash / 嶺川貴子 -『fun 9』(1999年)収録

 本作は、2000年に入籍し妻となる嶺川貴子氏に提供したプロデュース作品。跳ねるような高速ドラムが刻む「リズム」が冴え渡っている。なお、小山田氏のリズム感覚については、後年、高橋幸宏も高く評価している。

「小山田くんはリズム(の捉え方)がすごくいいんですよ。リズムが悪くてただハチャメチャなことをやっているのは致命的なんだけど、小山田くんはどんなことやっていてもそこがしっかりしている。これもとても重要なところじゃないかな」

 当時の小山田氏の作品では、ブレイクビーツ、ドラムンベース、果てはドリルンベースと、クラブミュージックやヒップホップから貪欲にリズムフォーマットを取り入れたうえで独自の追究が見られた(「Ape Shalle Never Kill Ape (Cornelius Remix)」や「Lazy」などが分かりやすい)。
 本作は、音の種類が絞られており、小山田氏の卓越したリズム感覚を堪能するのに最適な作品である。

#05 Tender (Cornelius Remix) / Blur -『13』(1999年)収録

 1998年にMatadorから『FANTASMA』がリリース。世界的な評価を得た。それ以降、小山田氏のもとには多数の海外アーティストからリミックスの依頼が殺到。本作はその中でも出色のクオリティ。当時、Tahiti 80「Heartbeat」のリミックスも含めて、ラジオDJが「原曲よりいい」と言っていたのを何度か耳にしたものである。
 後に『POINT』でも聞かれる高速トライアングルは本作が初出と思われるが、その涼やかな響きと、『FANTASMA』譲りの破壊的なドラムンベースの融合が美しい。
 本作以前のリミックスは『FANTASMA』のフォーマットに、原曲を当て嵌めたような作品が多かったのに対して、本作以降は、抽象的な音素材を定位や響きを意識しながら構成する指向がうかがえる。こうした音作りが2001年の『POINT』へとつながっていく。

#06 Point of View Point / Cornelius -『POINT』(2001年)収録

 「Star Fruits Surf Rider」がreferencial phaseの頂点とすれば、『POINT』先行リリース第1弾シングルである本作「Point of View Point」は、minimalist phaseの原点というべき作品である。
 音数は絞り込まれ、音の「響き」や「配置」に力が注がれている。
 『Point』発売3か月前の2001年7月、公式ウェブサイトである「www.cornelius-sound.com」が開設された。注目すべきは「sound」の文字であり、小山田氏が音の響きや印象(sound)に意識的であったことがうかがえる。
 また、当時のインタビューで、レンタルスタジオでの短期間のレコーディング、レコード・サンプリングにおけるクリアランス、さらに世の中の雰囲気などを受け、小山田氏は「おなかいっぱい」と表現。2000年には嶺川貴子との入籍や長男誕生もあり、様々な外的・内的要因から音楽的嗜好が変化したものと示唆される。
 砂原良徳も2001年、従来のサンプリングメインの音作りから離れ、音数を極限まで絞り込んだ『LOVEBEAT』をリリース。両作とも引き算の美学が共通する。
 いずれにせよ、本楽曲からminimalist phaseが本格始動し、独自の「コーネリアス・サウンド」の道を進んでいく。

#07 Undercooled / 坂本龍一 -『Chasm』(2004年)収録

 『POINT』を気に入った細野晴臣が、自身のラジオ番組に小山田氏を招いたことがきっかけとなり、2002年、細野晴臣と高橋幸宏のユニット「Sketch Show」のライブに小山田氏はギターで参加。同ライブには坂本龍一もゲストで登場。その後「ギタリスト」としての活動の場が増えていった。
 本作は坂本龍一の2004年作『Chasm』のリードトラックであり、小山田氏はギターで参加。
 上記ライブ参加以降に確立されたと思われる、独自の間合いで点を打つようなニュアンスに富むギター奏法。本作は、そのようなギタリスト小山田圭吾の演奏が録音された(私の知る限り)初期の作品である。

#08 Fit Song / Cornelius -『SENSUOUS』(2006年)収録

 minimalist phase移行後のいわゆる「コーネリアス・サウンド」の完成形のひとつといえるのが本作「Fit Song」である。
 音を重ねない、音と音の隙間を活かす、音と言葉の意味をシンクロさせる、といったコーネリアス・サウンドの特徴が存分に詰まっている。
 ただ、本作収録の『SENSUOUS』を聴いた当時、完成度の高さに驚愕したが、そのあまりに完璧な出来栄えゆえか、コーネリアスが遠い存在(もともと遠いのだが)に感じられたことを覚えている。
 とはいえ「コーネリアスの曲ってどういう感じ?」と聞かれたら本作を聴かせるのが良いのではないか…と思わせる象徴的な楽曲である。

#09 奴隷 / salyu × salyu -『s(o)un(d)beams』(2011年)収録

 コーネリアス・サウンドという型に、Salyuの変幻自在なボーカルを乗せた実験的作品。
 作詞は坂本慎太郎氏。2017年の『MELLOW WAVES』につながっている。
 本作収録の『s(o)un(d)beams』について、小山田氏は「すごく自分好みのアルバムができた気がしますが、あまり知られていないのが残念です」(注:リンク先の英文インタビュー記事を意訳)とのこと。ぜひ聴いてみてほしい。


#10 やじるしソング (うた やくしまるえつこ) / Cornelius - 『デザインあ 』(2013年)収録

 2003年から数年に渡って夏・冬の年2回、NHK-FMで「小山田圭吾の中目黒ラジオ」が放送 。小山田氏とNHKの距離は意外と近い。
 本作はNHK教育テレビ番組「デザインあ」向けに小山田氏が制作したサウンドトラックの一曲であり、ボーカルは相対性理論のやくしまるえつこが務めている。
 子供向け番組のため、サウンド、リズム、歌詞などの要素がいっそうシンプルになり、コーネリアス・サウンドの「ミニマル」「クリーン」な側面がより浮き彫りになっている。

#11 あなたがいるなら / Cornelius - 『MELLOW WAVES』(2017年)収録

 本作は、コーネリアス名義のオリジナル・スタジオアルバムとして『SENSUOUS』から11年振りにリリースされた『MELLOW WAVES』のリードトラックである。
 これまでのクリーンで完璧なサウンドから、ウェットで揺れのあるサウンドへの移行が見られる。リリース当時のインタビューでは、伊語で揺らめくを意味する「トレモロ」というワードがよく聞かれた。
 作詞はsalyu×salyuでタッグを組んだ坂本慎太郎が手掛けており、メロウに変化したサウンドに呼応するような、繊細な心象を表現した詞を提供している。

#12 環境と心理 / METAFIVE  -『METAATEM』(2022年)収録

 本作は小山田氏が作詞・作曲・編曲を手掛けたMETAFIVE提供曲である。
 『MELLOW WAVES』では小山田氏のボーカリスト回帰(?)が示唆されたが、本作でも冒頭のボーカルは小山田氏自身が担っている。
 本作は、METAFIVE向けの提供曲であることを差し引いても、幅広い層にとって親しみやすいサウンドに仕上がっており、minimalist phaseの中で成立した彼独自のポップミュージックの姿が示されている。
 なお、2022年夏の活動再開に際してのライブでは、小山田氏が全編に渡り本作のボーカルをとっている。ネットで調べればすぐ見つかると思うので、アルバムバージョンと聴き比べながら、ぜひ「声」を味わってもらいたい。

(以上56分/12曲)

おわりに

 「コーネリアスの音楽的変遷を辿る12曲」と題して個人的な視点で選曲してみたが、あらためて彼の音楽性の幅広さと楽曲のクオリティの高さ、音に対するストイックさを理解した。
 一方で、近年は「緩み」のような味わいも出てきており、コーネリアスの新たな展開へ期待が高まった。
 なお、本選曲集は、1stアルバム『The First Question Award』の曲がない、転換点のアルバム『FANTASMA』からの選曲「Star Fruits Surf Rider」が12曲中3曲目とかなり序盤に位置しているなどの課題があり、決定版と呼べるものでないことは自覚している。
 コーネリアスの音楽の魅力を多面的に捉えるためにも、ぜひコメントをお寄せいただき、「自分なりのコーネリアス選曲集」のアイデアを提示くだされば幸いである。

以 上



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