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(エッセイ)シリコンバレーの投資家、あるスタートアップの死

仕事でシリコンバレーと関わり始めたのは、ドットコム・バブル崩壊前夜の2000年頃。

  某大手日本企業で大学院時代の研究を基に新製品を幾つか開発した後、研究所長に直談判して、新事業部門が始めたベンチャーキャピタル(VC)との共同新事業プロジェクトへ異動。いわゆるコーポレートVC的なプロジェクトだが、その活動でスタートアップ(ベンチャー企業)だけでなく、シリコンバレーVCとも付き合う機会を得た。

  日本のVCとも顔を合わす機会があったが、シリコンバレーのVCとは随分違った印象だ。日本のVCは、当時は銀行か証券会社系が多かったせいか、自分の意見、ましてや、アイデアは語らず、話を聞きに来るスタンス。一方、シリコンバレーのVCは自分のアイデアを売り込みに来る。前者は投資担当の会社員、後者は投資家 兼 経営者。日本のVCにとって投資先は「パートナー」だが、シリコンバレーVCにとって投資先は「自分の会社」、例えば、そんな違いか。

  その後、投資先の一社のシリコンバレー企業との協業が始まり、先方のオフィスに一人常駐しながら協業を推進することになった。その企業は、当時、名の知れた会社で、複数のVCから莫大な資金を集め、著名なベンチャー・キャピタリスト(シリコンバレーの伝説的な起業家でもあった)が会長を務めていた。が、実情が分かるにつれ、開発が遅れ、費用が膨らみ、経営が混沌とし始めている様が浮かび上がる。

  シリコンバレー着任初日、先方の社員に空港まで迎えに来て頂き、サンフランシスコで夕食を共にしたが、その後、厄介な依頼を受ける(我々は株主で、同時に、一番コミットしてる客なのに)。

・明朝、取締役会があり、ユーザー企業代表としてプレゼンして頂きたい。
・そのプレゼンで、取締役のVCが1千万ドル追加投資するかどうか決める。
・その追加投資を受けられなければ倒産するので、弊社の運命はあなた次第。

翌朝のプレゼン(当然、英語で)まで12時間、しかも、シリコンバレーまでの移動時間だってある。コーポレートVCとして結構な額を投資した手前、Noと断って潰す訳にもいかない。僕は、飛行機では眠れない質なので、この時、既に30時間以上、寝ておらず・・・。

  結局、準備で一睡もできずに取締役会が催される会議室へ。会議机中央にあるポリコムの電話会議システムから、キャー、キャー黄色い声が聞こえる。後で聞いた話では、取締役(創業者兼CEOを除き、全員VC)の一人は、当時、開催されていたヨットのアメリカズ・カップのスポンサーで、予選開催の現場(どこかの海の船上)から会議に参加していたそうだ。

  しかし、黄色い声とは裏腹に、会議室は実に重苦しい雰囲気だった。楕円形のテーブルに着くVCの面々はマフィアの親分のような強面のおじさん、お爺さんばかり。CEO(最高経営責任者)と司会をするCOO(最高執行責任者)を除き、誰一人、僕への挨拶はなく、不機嫌そうな目付きで僕を一瞥しただけ。時々、会議机に置かれたナッツやM&Mが入った皿に手を伸ばし、ボソボソっとCEOに問いただす。一番奥に座るVCは、映画『アンタッチャブル』でロバート・デニーロ扮するアル・カポネにどこか似ていた。僕は、彼が不意にバットを取り出し、このテーブルの誰かの頭を叩き割るシーンを想像しながら、依頼された30分をやり過ごした。

  意気揚々と乗り込むはずだったシリコンバレーだが、初日からVCの洗礼。が、それは、まだ序の口。1千万ドルの追加投資を受けることはできたが、ほどなく創業者兼CEOがクビになり、もう一人いた共同創業者も同時に追い出され、COOも技術担当副社長もクビになった。せっかく、打ち解けた雰囲気で開発プロジェクトの交渉ができるようになったと思ったら・・・。

  昨夜、クビになったと言うことで、その日は、オフィス全体に緊張が走っていた。玄関の受付脇にある物置替わりのキュービクルには、創業者二人のネームプレートが雑に打ち付けられ、中には二人の私有物であろうモノが乱雑に積まれていた。おそらく、二人はクビを言い渡され、その場でオフィスへの立ち入りを禁じられたのだろう。おそらく、昨日まで自分が雇っていた警備員に玄関まで見送られて。

  創業者がクビになるなんて、アップルのスティーブ・ジョブズのような特別な人物だけだと思っていたが、それほど珍しいことではないらしい。しかし、VCが新しく連れてきたCEOも、わずか数ヶ月でクビになってしまったのには驚いた、というか呆れてしまった。懸案の開発プロジェクトの交渉が、や〜っとのことで、よ〜やく条件面で合意にたどり着いた翌日、まさに翌日、険しい顔をした幹部社員が「また、CEOがクビになった」と暗い顔で伝えてきた。どうやら、1千万ドルの増資時に新たに加わったVC(アジア系企業のVC)が、我々が交渉していた開発プロジェクトを気に入らなかったらしい。すぐさま取締役会(VC連合)は、新たに加わったVCから暫定CEOを送り込んできた。
(未上場企業でも経営が傾くと株価(企業価値)が大きく下がり、後から出資した投資家が権力を握るケースがある)

  新しく来た巨漢の暫定CEOはコストカッターだった。資源の限られたスタートアップでは、コストカットは言うまでもなく重要だが、それには、社員を惹きつけるビジョンと人間力も必要だ。しかし、残念ながら、暫定CEOは(悪い奴ではなかったが)、単なるコストカッターでしかなく、社員のモチベーションもモラルも見る間に低下、レイオフに次ぐレイオフをした挙句、浮上するきっかけも、正式なCEOが招聘されることもなく、1年半の迷走後にOut of Business、技術資産を売って少しでも資金回収するため、技術の分かるCTO(最高技術責任者)だけは雇用し続けたが、それ以外、全員、解雇に(いわゆるゾンビ企業に)。

  そして、その煽りを受け、我々が2年前に設立したスタートアップ(親会社及び日系VC数社から資金調達)もレイオフや大胆なリストラを敢行することになった。つまり、自分たちが採用した人を自分たちで解雇することであり、それまでのビジョンは消し去り、引き取ってくれる企業に求められる組織・ミッションへ書き換える作業だ。

  思い描いていた展開ではなかったが、一連の出来事は、会社という生き物を実にリアルに感じる機会となった。日本の歌で「生きている不思議、死んでいく不思議」という歌詞があるが、スタートアップにとって、そこに不思議はない。大企業では、少しばかり漠然としているが、スタートアップでは、とても単純明快、金が尽きれば、はい、おしまい。今、銀行に幾らあって、月々、幾ら使うから、新たな売上や資金調達がなければ余命5ヶ月、〇〇部門と△△部門をレイオフすれば余命8ヶ月。エクセルシートが明瞭に示してくれる。

  会社が傾き始めると優秀な社員から転職し始める。有能な人材を引き止めるのに肩書きを上げ、給与を上げ、そうすると、また、誰かを解雇しなければならず、開発はさらに遅延し、と悪循環。・・・会社を調べていくと、やはり創業者(著名企業研究所の元ディレクター)の経営がズボラだったことは明らかで(良い人なんだけど)、取締役会(VC連合)は、もっと早くCEOを変えるべきだった。ただ、創業者CEOの解雇は、彼を慕ってきたキーパーソンへの影響が大きく、そう簡単ではないのだろう。また、彼が雇ったCOOも、前職は著名企業の米国法人社長だったが、スタートアップのCOOには向いてなかった。

  創業まもなくから注目を集め、莫大な投資を得てしまったが故に、経営に緊張感が不足し、贅肉だらけの経営になってしまった、と言えるかもしれない。ちなみに、成功した会社は、大抵、アーリーステージでは資金調達に苦労している。

  でも、さらに数年が過ぎ、再び振り返って考えると、創業者兼CEOの経営力も問題だったが、そもそも、あのアイデアのビジネスを立ち上げるタイミングが早過ぎたのが大きな問題と分かってくる。が、タイミングが正しいかどうかは後になって考えるから分かること。同分野を知り尽くしたベテランの著名VCが複数人いたにも関わらず、それって、やっぱり、分からない時は分からない。・・・(リスクの高いアイデアであることは、当初から認識していたようだが)。

  そうそう、クビになった創業者兼CEOともう一人の創業者は、クビになった数週間後に我々の会社を訪れた。

「もっと良いアイデアを思いついた。会社設立したから出資しないか?私は、あの会社の技術上の問題点を知り尽くしている」
「・・・(おい)」

二人ともリタイアしても不思議ではない、かなりのベテランだが、まだまだ、野心に満ちた顔をしていた。

さらに数週間後、今度は、クビになったCOOと技術担当副社長からランチに誘われる。

「あの会社の技術には、これこれ、しかじかの問題がある。俺たちが設立する会社の技術は、それを大きく改善する。なあ、出資しないか?」
「あなたの元ボス(CEO)も新会社設立するって言ってたけど・・・?」
「ああ、知ってるよ。でも、彼は人は良いけど、経営者としての才能はない」
「・・・(まぁ、そうだけど・・・って、おい)」

ちょいワル風のイギリス人とゴッツイ体躯のイラン人のコンビは、前より、さらにギラギラした目をして食い下がる。

彼らのたくましさは何処からくる?カラッカラのカリフォルニアの青空と、クビになったのに、すぐに対抗心と野心に満ち溢れた彼らの面構えを見てると、何かで落ち込むことが馬鹿らしく思えてくる。・・・とは言っても、そうは簡単には真似できないが。

  あの会社が事実上倒産すると、今度は自分たちの会社のレイオフ、リストラを断行することになった。リストラして出資元の親会社か、他の会社に買収してもらう作業。寝ても覚めても考えが止まらず、日本とカリフォルニアを9ヶ月で11回往復し、出張続きでホテル暮らしは延べ147泊に達し、ストレスで食が喉を通らず、68キロあった体重が54キロまで減り、睡眠不足のせいか、目の下がピクピクする毎日が続いた。そんな、ある日、レイオフした元社員からランチに誘われた。

  日本を出るとき、米国での駐在経験豊かな商社マンから、レイオフした社員に駐車場で包丁持って追いかけられた、という話を聞かされたが、その元社員からは、そんなシーンは想像できなかった。別の商社の人からは、「米国じゃあ、いつレイオフすることになるか分からない。だから、現地従業員とは仲良くなるな、距離を取れ」という忠告もされたが、そんな忠告は無視して自然体で過ごした。

  待ち合わせのレストランに着くと、元社員は、外のテーブルで手を振って僕を招いた。サングラスを外したその顔は、血色も良く、元気そうだった。相変わらず、話の節々にエンジニアのトーンがあり、突っ込み入れると話はどんどん技術にのめり込んでいく。食事をオーダーし、ウェイトレスが去った。近況を聞くと、大手の有名企業に転職できたそうだ。

  「成功すればストックオプションで大金入るベンチャー企業と違い、大手企業は、全然、エキサイティングじゃないけどね。まあ、ちょっと疲れたから、しばらく、大企業で休憩。2、3年したら、また、ベンチャー企業で挑戦するよ」、そんな話だった。一緒にレイオフされた別の元社員も良い会社に転職できた、とも。僕は、この元社員が、レイオフされたみんなの近況を報告するために、わざわざ、ランチに誘ってくれたんだと思った。それは、僕にとっても嬉しい話だからね。でも、それが目的ではなかった。

「前も言ったけど、レイオフされたのは、これで3回目。もう、慣れてる。俺はベンチャー企業が好きだからね。これからも、レイオフされると思うよ。それより、お前、随分、痩せたんじゃない?ちゃんと食べなきゃダメだよ。オフィスのみんな、心配してるよ」

コイツは、リストラ後も会社に残った元同僚から、僕が元気がないと聞いて励ますためにランチに誘ったようだ。少し、ジーンとなった僕は、運ばれてきた料理にしばらく手を付けることができなかったが、それが収まると、僕は久々に空腹感を覚えた。

・・・

長編の本が一冊書けるほど様々なことがあったが、あの時の経験は、今でも、いろいろ、考えさせられる。

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その昔、AIの応用研究に従事していた。あれから幾年も歳月が流れ、随分、世の中が変わったと思う。ここ数年、AIに囲まれた社会での『人々の価値観』は、どう変化するのだろうと折を見て空想しているが、紹介する短編小説は、そんな空想を下地に綴った物語です。