志島柊子

言葉を綴るのが好きです。創作小説、エッセイなど。好きなものがたくさんあります。

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魔法にかけられた午後一時二十分

#小説 #掌編小説  六月の頭、平日昼間の電車内は乗客がまばらでいやに静かだった。座り心地の悪い緑のシートに腰を預けた少年、希一は、車窓の中に流れていく景色をぼんやりと眺めた。  退屈だ。  景色を見ると言ったって、広がっているのは青い空と緑の山々。五分も見れば飽きてくる。いっそ突然空の色が変わって、山が赤く燃え盛ってしまえばいいのに。そこまで考えて、慌てて希一は頭を振った。  それでも対策しようのない退屈が極まって、船を漕ぎだした頃合い、不意に正面から影が差し込んだ。

    • ドイツ語に関するnoteでの誤りに関して

      久しぶりにnoteを開いたら、一つの記事だけ飛び抜けてアクセス数が多くて驚きのあまり飛び跳ねた。 それがこちらの記事。 私が美しいと思うドイツ語7選 https://note.mu/kleinod_99/n/n29309c07767a 「ドイツ語 美しい」 とかそんな感じで検索するとこの記事が結構上に出てくるみたいで、察するにそのせいなんだろう。アクセス数が多いこと自体は良いんだけれど(恥ずかしいけど)、実はちょっとまずいことがあった。 この記事、文法のミスをしているのだ

      • 小さな出会い

        ロビーに入り、我が家のポストを押し上げる。暗闇の中でいくつかの郵便物が見つけられた。ダイヤルを回して開けようとして、開かない。回し方を間違えたらしい。番号なんだったかなあ、と首を捻りながらくるくると回す。 郵便ポストの前で四苦八苦する私の後ろを、他の住人が横切ったのがわかった。働き盛りと見受けられる若々しいお母さんがオートロックの鍵を開け、自動ドアが開いた。コツコツと響くハイヒールについていく、小さな住人がもうひとり。三歳くらいだろうか。可愛らしい女の子だ。 ようやく郵便物を

        • 生きていること、を知る

          少し不安になって、右手を左胸にあてる。布越しでも体温が感じられるくらいに隙間なく触れると、ようやく、――ドクン、ドクン。振動が伝わってきた。 指先から伝わる鼓動に、私はやっと安心してひと息ついた。 大丈夫、心臓はちゃんとここにある。ここでちゃんと動いている。そう思って。 小学生くらいの頃から、ずっとそうだった。 ことあるごとに心臓の音が聞こえるのを確認して、ちゃんと聞こえるとひどく安心した。時にはなかなか鼓動が見つからない日もあって、そういうときはつい、心臓がどこかにいって

        魔法にかけられた午後一時二十分

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        記事

          月を求めて泣く夜に

          帰り道、黄金色の三日月が空に横たわっていた。 こんなに鮮やかな黄色は久しぶりに見たように思う。 柔らかに描かれた曲線に、ちょっと前、古典の授業で聞いた話を思い出した。萩原朔太郎の詩で、猫のしっぽの先で三日月が笑ってる。なんてのがあるんだよ。そう言っていたような。 まつくろけの猫が二疋、 なやましいよるの家根のうへで、 ぴんとたてた尻尾のさきから、 糸のやうなみかづきがかすんでゐる。 『おわあ、こんばんは』 『おわあ、こんばんは』 『おぎやあ、おぎやあ、おぎやあ』 『おわあ

          月を求めて泣く夜に

          私が美しいと思うドイツ語7選

          自己紹介文にドイツを敬愛している、なんて書いておきながら、まだ一度もドイツに関する記事を書いていなかった。 実は私は、昨年の春からドイツ語を勉強している。それまで私の中には、ドイツ人に対して真面目で無愛想なイメージがあったのだけど、そんな紋切り型なイメージを思いっきり覆す陽気な先生と出会い、毎週緩く、楽しくドイツ語を学んでいる。そんな先生の授業を受け始めてからもう一年半くらいになるわけだけど、英語すらろくに話せない私の身体に馴染むにはまだまだ鍛錬が足りないようで、軽やかに話せ

          私が美しいと思うドイツ語7選

          百万ドルの教室

          『――の皆さん、下校の時間です――速やかに片付けて――』 教室内に響いたアナウンスに、はっと我に返った。 思わず壁時計に目をやると、もう六時半。完全下校の時間だ。 そこら中の机に広げていたテキストを慌ててかき集めて、リュックの中に詰め込んだ。 何冊ものテキストが何とか入りきって、やっとのことでファスナーを閉じきった。けれどその瞬間、ぱちん、と音がして、ふっと周りが暗くなる。 「え?」 教室の電灯が消されてしまったらしい。電気を消したと思われる人の足音が廊下の奥へと遠ざかっ

          百万ドルの教室

          大した理由はないんですが名前を変えました。しゅうこ と読みます、飽きたら戻します。

          大した理由はないんですが名前を変えました。しゅうこ と読みます、飽きたら戻します。

          「同級生」だった季節

          久方ぶりに「同級生」を読み返した。 私が今までに出会ったあらゆる漫画のなかで、一番大好きな作品だ。 いわゆるBL漫画なのだけど、私はこれはむしろ青春漫画とでも言うべきではないかと思う。 二人の男子高校生の、長いようで短い、甘酸っぱい青春の一ページ。一番最初の本は2008年発行で、もう9年も前なんだけど、そうとは思えないくらいみずみずしい、若葉のようなきらきらが詰まっている。 草壁光と、佐条利人。名前に光を宿すふたり――リヒトはドイツ語で光だ――は、名前の通り光に包まれている

          「同級生」だった季節

          恋は薬となりにけり

          ...編集中...

          恋は薬となりにけり

          幸せを買ってきた

          今月から学期が改まり、月曜日は全休日になった。すべて空きコマ。最高だ。昨日は模試に苦しめられたから、ゆっくり眠れたのが嬉しい。ただ、眠りすぎて起きる頃には逆に疲れが溜まっていた。寝疲れというやつだろうか。 今の状況を思えば、おちおち寝ている暇もないのだけど。それでもだらけてしまう私はテレビをぼんやりと見ながら、今日一番の用事を思い出し、11時がすぎる頃に本屋に向かった。 目当ての雑誌はやや無造作に平積みされていた。表紙に映る姿を見て、思わずにやけてしまう。 大好きなアイドルが

          幸せを買ってきた

          世界は終わるはずがない。と、君も私も知っていた。

           ちらりと見た壁時計は二時を示している。いつの間にか寝てしまったらしい。 「なに、してんの?」  私の腹の上に佐伯が乗っていた。やけに身体が重いと思ったわけだ。それに加えて、私の首を両手で包み込んでもいる。ちょっと息苦しく感じたのはこのせいか。  暗がりのなかにいるせいか、寝起きで視界がぼけてるせいか、表情がよくわからず、少々訝しく思いながら問いかけた。随分掠れた声になってしまったのは、昨晩の酒のせいだろう。 「心中ごっこ」  佐伯もまた、掠れた声で呟いた。  佐伯の両手がさ

          世界は終わるはずがない。と、君も私も知っていた。

          夢と知りせば

          思ひつつ 寝ればや人の 見えつらむ 夢と知りせば 覚めざらましを 日本人であれば知らない人はいないだろう、かの有名な女流歌人、小野小町の歌だ。 私は数ある和歌の中で一二を争うくらい、この歌が好きだ。初めてこの歌を知ったのは中学のときだったと思う。教科書の中からこの一文を見つけたとき、運命の相手に出会ったような心地がした。和歌と言えばうんと昔の人たちの遊戯で、今を生きている私のような子供には理解し得ない領域なのだ、と半ば偏見のように決めつけていた。それなのに、この和歌はあま

          夢と知りせば

          「夜の海を綴じる」

          「ミヤ先生のノートって、夜の海みたいだよね」  五十分間の授業の成果が刻まれた黒板に、名残惜しくも黒板消しをかける。そうして綺麗になった黒板に不思議と達成感が満たされ、さて職員室に戻らねばと教卓に目を向けたときだった。  広げられたままの私のノートを、今さっき授業を受けていた一人である池内さんが興味深そうに覗き込んでいる。恐らく染めているのだろう、明るめの茶髪を揺らしながら。 「夜の、海……?」  もしかしなくても、このやけに詩的な言葉を零したのは池内さんなのか。こう言っては

          「夜の海を綴じる」

          掌編「カフェテラス」

           今日も、夜のカフェテラスに会いに行く。  慣れない異郷の地に、五年前のあの日、なんの脈絡もなく飛び込んだ。語学留学だとか自分探しだとか、それらしい理由こそ並べ立ててはみたものの、実際のところは大した動機なんてない。  遠くに行きたかった。叶うのならば、彼が描いた景色と同じ場所へ。  南フランスの冬は暖かい。少なくとも地元よりは。ムートンコートを一枚羽織り、夜の街を闊歩する。五年もいれば顔見知りもできるというもので、すれ違いざまに声をかけられ、歩きながら軽く言葉を交わす。

          掌編「カフェテラス」

          掌編「春風」

           彼女は、そう、春風のような人だ。  肌を柔らかく包む日差しを一身に受けながら、彼女は一人立っていた。 「ご卒業おめでとうございます。先輩」  卒業証書を抱えた彼女に声をかける。 「久しぶり。……来ないかと思った」  今日は卒業式だ。式を終えた卒業生は、校庭で写真を撮ったり、話をしたり、思い思いに過ごしていた。 「桜、咲かなかったなあ」  彼女の視線の先には、校門に寄り添うように佇む桜の大木。 「まだ、時期には早いですから」  つられるように桜に視線を向けた。 「卒業式は

          掌編「春風」