小さな出会い

ロビーに入り、我が家のポストを押し上げる。暗闇の中でいくつかの郵便物が見つけられた。ダイヤルを回して開けようとして、開かない。回し方を間違えたらしい。番号なんだったかなあ、と首を捻りながらくるくると回す。
郵便ポストの前で四苦八苦する私の後ろを、他の住人が横切ったのがわかった。働き盛りと見受けられる若々しいお母さんがオートロックの鍵を開け、自動ドアが開いた。コツコツと響くハイヒールについていく、小さな住人がもうひとり。三歳くらいだろうか。可愛らしい女の子だ。
ようやく郵便物を回収した私は、閉まりかけたドアの隙間をすり抜けるように中に入った。

今日も疲れたなあ、なんて思いながら、共同廊下をとぼとぼと歩く。もうこんなに暗いのに、相変わらずうちのマンションの電灯は暗い。半分屋外のようなものだからもう少し明るくしてほしいものだ。
ふと、前を歩いていた先ほどの女の子が、私をちらちらと見ているのに気がついた。
ずんずん進んでいくお母さんに反して、女の子は何度も立ち止まり、私を見やる。なんだか可愛らしくて、思わず手を振ってしまった。
そうしたら、さらに嬉しそうに手を振り返してくれる。ただでさえ遅かった女の子の足取りがさらに遅くなり、追いついてしまいそうになる。
「〇〇! はやく!」
女の子が道草してることに気がついたお母さんが、少し遠くから女の子を呼びかける。
女の子は慌ててお母さんの元へと駆けていく。が、お母さんに追いつくと同時にまた、振り返って私を見てしまう。
そしてまた手を振ってしまう私。
この押収は何度か続き、とうとう私の部屋にたどり着いた。
突き当たりを曲がり、エレベーターのあるほうへ消えていくお母さんを見送りながら、その数メートル手前の扉の前に立つ。鍵を取り出そうとリュックを半分下ろして…、突き当たりのところで立ち止まった女の子が、変わらず私を見ているのに気がつく。また、手を振る。女の子は振り返す。楽しそうに笑っていた、気がした。
お母さんが呼びに戻る頃、私は少し名残惜しく思いながら、ドアを開けて部屋に入った。

数ヶ月前の体験を文章に残しておこうと筆を取ったけれど、思ってたよりもうろ覚えになっていた。女の子と手を振りあったということ以外は結構脚色が入っている。かもしれない。
とにかく可愛らしかった。子供には懐かれない……というか、私自身が子供に対しても人見知りをするたちなので、なかなかアドリブの会話が出来ない。このお手振りもかなり恐る恐るだったが、もっと可愛らしい姿を見せてくれて、なんだかこう、胸がきゅっとなった。

昔は小さな子供が苦手だったのに、最近可愛くて仕方がないのだ。残念ながら人見知りは治らず、気さくにお姉さん顔して話しかけることはまだまだできないが、見てるだけで癒される、優しい気持ちになるというのは、きっと必要なことだろうなと思う。子供を無条件で受け止めたくなる気持ちはきっと、誰でも持ちうる感情なんだなあ、と。もちろんそうじゃない人もいるし、私自身そんなことないと思ってたけど。多分、気づかないだけか、押し込めているだけで、本来はどんな人の根底にも流れているのかも。しれない。


こちらも、下書きに残っていたもの。今考えてもなかなかに魅力的な体験でした。

#日記 #エッセイ

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