掌編「春風」
彼女は、そう、春風のような人だ。
肌を柔らかく包む日差しを一身に受けながら、彼女は一人立っていた。
「ご卒業おめでとうございます。先輩」
卒業証書を抱えた彼女に声をかける。
「久しぶり。……来ないかと思った」
今日は卒業式だ。式を終えた卒業生は、校庭で写真を撮ったり、話をしたり、思い思いに過ごしていた。
「桜、咲かなかったなあ」
彼女の視線の先には、校門に寄り添うように佇む桜の大木。
「まだ、時期には早いですから」
つられるように桜に視線を向けた。
「卒業式は桜が咲いてこそだと思わない?」
彼女はそれでも愛しそうに、枝先に蕾をつけたまだ咲かぬ桜を見つめる。
「……せんぱい、あの」
「桜、泣いてる」
「え?」
「花びら……花びらって、涙みたい」
そう言う彼女の手には、どこからやってきたのか、花びらが乗っていた。彼女が手を緩めると、ふわりと吹いた春風に乗って、花びらは彼方へと飛び立った。
「……ごめんね。――さくら」
彼女は私の名を呼んだ。それは確かに、私の名だった。――私の頬を濡らした花びらは、飛んでいってはくれなかった。
彼女は私の感情を過ちだと言った。勘違いだと。過ちを正すことも、受け入れることも、まだ子供の私にはできなかった。
春風は暖かく、柔らかく私を包んでくれる。しかし、季節が過ぎるといつの間にか、私を置いて行ってしまうのだ。
彼女はまさしく、春風のような人だった。
◇◇◇
これも昔書いたもの。男視点と見せかけて実は女の子視点だった、という叙述トリックのようなものを目指したんですが、あんまり上手くいかなかった笑。
#小説
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