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熊の飼い方 15

光 8

 梟の声だろうか。暗い森の中、一本の道を歩いている。木々が太陽から僕を囲っている。梟の声は聞いたことは無いのだが、このように暗い森の中にいる鳥類は梟しか知らない。
 灯りが一つも見当たらない。進めど進めど前に進んでいる気がしないのはなぜだろうか。額に水がポツッとつく。次第に水が滴る音が聞こえてきた。雨だろうか。その音を聞いていると、脚が水に沈んでいくように感じた。後ろに振り返っても同じ風景が続いている。
 前に進むしかない。しかし、さらに深海に入っていく予感しかない。前にも後ろにも逃げ場がない。どうすればいいのだ。
 考えているうちに、腰辺りまで水が上がってきた。このままでは溺れる。泳いで行くしかないのだろうか。水泳は、小学校のプールで十五メートル泳ぐのだけで精一杯であった。泳いで近くの沖に辿り着くのは不可能に近い。不安とともに水の水位が上がる。このまま僕は溺れて死ぬのだろうか。
 誰にも頼りにされることなく死んでいくのだろうか。悔しい。でもこれでいいのかもしれない。こういう運命だったのかもしれない。誰にも悲しまれること無く死んでいくのだ。首元も冷たくなってきた。空を見上げるしかない。助けを呼ぶことも出来ず、雨が降り注ぐ空を眺める。ついに口元まで水かさが増していることに気付く。苦しい。足がつかない。苦しい。ここで初めて怖くなった。苦しい。まだ僕は認められていない。もっと何かすればよかった。死にたくない。しかし、思いとは裏腹に水嵩は容赦無く増す。死にたくない。死にたくない。死にたくない。意識が朦朧とする。声が出せていたら、助けを呼べていたら。
 目を見開いた。蛍光灯の線が薄暗闇に映る。夢なのか。そう気付くまでに時間がかかった。
 身体中の汗を生々しく感じる。最近、このような悪夢にうなされることが多い。不調を感じ始めた。仕事に行かなければならない。その不安がまた自分を襲う。
 今日は特に、空が雲に覆われているため一層鬱な気分が押し寄せてくる。身支度をし、家を後にした。今日は、フットサルはないのかと少し残念に思った。


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