見出し画像

熊の飼い方 53(完)

光と影

「2435番。面会だ」
 名前が呼ばれた。僕に面会?当てがわからず少し混乱した。この刑務所に入り、私的な面会など久しぶりのような気がする。面会室で待っていた。親とは今となっては連絡がなく、面会すら来てくれない。それなりのことをしたので仕方ない。
 面会室で俯いて座る。ガラスの向こうの扉が開く音がした。顔を上げると、今日は天候がいいのか、光が扉の隙間から抜けてきた。その隙間から、一人の男が入ってきた。
「田嶋君。久しぶり〜」にこやかに笑いながら、木村が入ってきた。僕は、少しテンションについていけずに会釈だけした。
「なんか元気そうじゃないね。てゆうか、刑務所久しぶりだな。ま、僕もそっち側にいたんだけどね」テンションを変えず、木村は言った。冗談で言っているのか、本当に言っているのか判断できない。そのためどういう反応して良いのかが分からなかった。
 木村は、僕の正面に座り、ガラス越しに僕をみた。
「どう?ここでの生活は?」木村は、笑顔のまま僕に聞く。
「普通ですね。特に変わったことのない毎日を送っています」僕は愛想笑いしながら言った。
「確かに、ここで変わったことがあったら、それはそれで大変なことだからね」
「そうですね」
「ここで、ひとり亡くなったって聞いたから、田嶋君も大丈夫かなと思って心配してやってきた」
 ごっさんのことだとすぐに分かり、少し動揺した。
「僕は大丈夫ですよ」
「なら良かった」僕の首元を見ているようだったが、それには触れないようにしてくれていたようだった。
「結構よく喋ってたんで、ショックですけど」
「そうなんだ。どんな人だった?」
 僕はごっさんについて当たり障りのないことを木村に簡潔に説明した。話しかけてきてくれたこと、気を使ってくれたこと、娘の復讐でここにやってきたこと。話していると、なぜかごっさんとの楽しい思い出と悲しい表情が一気に頭の中を占領した。涙が少し目にたまってきたところで話を終わらした。終わったところで涙を隠すように俯いた。
「そうか。いい人だったんだね。ところで何でごっさんて呼んでたの?」木村が不思議そうに聞く。
「5369番だったからです。最初の53を取ってごっさんです。僕は、2435番なんでにっしーって呼ばれてました」
「なるほどね。そういうことか。でも、いい出会いやったね」
「はい」
 少し沈黙が流れる。
「ここ出られたらどうするつもりなん?」木村が沈黙を破るように言った。
「特に何も考えてませんでした。実家にも帰れないですし」僕は正直に言う。
「そっか。じゃあ、また僕のところきなよ。あのビル買収されてもて、他のところに移ったんやけどな」
「いいんですか?」
「当たり前じゃないか」
「ありがとうございます」
「また寂しいのが少し無くなるよ。島崎くんもすごく心配してる。桂木君も岡本さんも。早く元気な顔見せてあげてね」
「ご迷惑おかけします」
「気にしなくていいんだよ。これ、住所。渡しとくね」
「はい。ありがとうございます」
「じゃあ、帰るな」
「わざわざありがとうございました」
「元気な顔見れて良かったよ」
 木村は笑顔で席を立って、帰ろうとしていた。だが、僕はどうしても聞きたいことがあったので、大きな声をあげた。
「木村さん!」大きな声で僕は呼び止めた。木村は振り向く。
「どうして、こんな人殺しの僕に優しくしてくれるんですか?」僕は、必死の思いで伝えた。
「それが僕の目標だからかな」優しい声で木村は言った。
「目標?」
「僕は、昔からあまりいい人間じゃなくて、やんちゃばっかりして、目立とうとして色んな人に迷惑ばかりかけてたんだよ。で、友達とのいざこざで友達殺しちゃって……。刑務所入っても生きている意味わからなくて、ずっとふてくされて生活してたんだ。そんな僕を救ってくれたのが、田嶋君でいうごっさんみたいな人だったんだ。僕より、何歳も年上のおじさんだったんだけどね。そのおじさんはシンさんっていうんだけど、事件に巻き込まれて刑務所に入っていて、暴れたりする僕に声をかけてくれた。最初は変なおっさんだなと思ってたけど、僕のこと一切否定せずに認めてくれた。シンさんの言ってくれた一言で僕は変わることができた。『無理に目立って光らなくてもいいんだよ。もう十分光ってるじゃないか。生きてるじゃないか。日陰でも、土の中でもいいじゃないか。無理に頑張らなくてもいいんだよ。ちゃんと見ている人はいるよ。少なくとも僕は君のいいところちゃんと見てるから。』そう言ってくれた。そこでその時はあんまりよくわからなかったけど、後になって僕をその言葉が救ってくれた。今も救ってくれてる。綺麗事だけど、なぜか重みが違ったように思った。僕は生きててもいいんだって。刑務所出た時に僕は思った。自分の光に気付けてない人たちに、ひとりでも多く自分の光に気づいてもらえるような活動をしたいって。僕が居場所になりたいって思った。それが僕の目標なんだ。今はまだ全然だし、悩みも尽きない」
 僕は何も言葉を発することが出来なかった。今見ている世界に木村一人しか見えない。木村は優しい光を発し、この場に暖かい空気を充満させるようだった。
「田嶋君。君もちゃんと光ってるよ。誰が何を言おうと。罪は罪だし、過去は消えない。だからこそ救えるものもある。一緒に頑張ろう」木村はそういうと、扉の外に消えて言った。僕は、自然と涙がこぼれ落ち、数分身動きをすることが出来なかった。
 自分の体を見てみた。すると、今日見た自分の体とは違うようだった。肌の細胞の一つ一つが光を発しようとしていた。だが、まだ不完全なようだ。
 僕もいつか、木村さんの光を少しでも多くの人に分け与えたいと思った。いや、僕の光を分け与えてあげられるような人間になりたいと思った。
 僕は背筋を少し伸ばし、自分の部屋に戻って行った。
 手紙を引き出しから取り出し、最後の一行を消しゴムで消し、書き足した。
 『僕の今の目標は、自分の光に気付くことです』
 手紙を二つ折りにし、新しい封筒にその手紙を入れ、今日もらった住所を書いた。
 明日からは、昨日より少し作業に身が入る気がする。
 上を見上げればいつもと同じ白い天井だが、天井の向こう側で月が光っているのが見えた。



この記事が参加している募集

私の作品紹介

眠れない夜に

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?