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熊の飼い方 50

影 27

 ごっさんが自殺した。夜、自分の服を首に巻いて。
その知らせを聞いたのは、昼の休憩時間だった。ごっさんは朝から姿が見えないと思っていたが、体調を崩していているのだろうと思っていた。よくよく考えてみたが、最近、体調は悪そうな気はしなかった。しかし、相当心の中で、人には見せない何かがあったのだろう。
 ごっさんはどういう気持ちだったのだろう。いや、今どういう気持ちでごっさんはいるのだろう。全ての苦しみから解放されたのだろうか。それとも、苦しみを持ったままいるのだろうか。それは誰にもわからないままだ。
 今日は一日中、何事に対してもいつも以上に身が入らなかった。しかし、いつも以上に頭の中は色んなことで一杯だった。自分と年が近い人の死に直面したことはこれが初めてだ。
 ああしとけばよかった、こうしておけばよかったということが次々に出てくる。一番の後悔としては、僕がどんな人間かをごっさんに伝えておけなかったことである。いつもごっさんは僕の話を聞くべきか、聞かないべきかを迷っていたことがある。自己開示をちゃんとしていればよかったと後悔した。でも、僕はごっさんの中で最後までいい人のままでいたかったのかもしれない。
 仕事を終え、部屋に戻ってきた。いつもと同じ風景なのにもかかわらず、何か寂しく暗い部屋に見えた。部屋のベッドやタンスが僕を冷たい目線で見つめているようにさえ感じる。部屋の中心に座り斜め前の壁を見つめながらまた考え始めた。
 ごっさんは僕の罪を知っていたのだろうか。ごっさんには何も言えなかったが多分ごっさんは何もかも見通していたのかもしれない。
 死ぬべきなのはごっさんではなく僕なのではないか。そう考えてしまう。生きてくださいなんて言われても先に死んでるじゃないか。ごっさんは生まれて初めて心から会話しようと思える人だった。ここを出ても繋がっていたいと思える人だった。
 手紙を握りしめながら、涙が止まらなくなった。自然と顔全体を涙が覆っていた。

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