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熊の飼い方 45

光 23

 朝、起きると体が倦怠感に襲われた。どうしようもないぐらい動きたくない。だが、会社にはいかなくてもいいので無駄に動かなくても良い。そのため、また寝ようとした。しかし、体のダルさが睡眠の邪魔をした。
 ここにきてもう何日経ったのだろう、と考えながら天井を眺めていた。天井が音も立てず落ちてくるのではないか、という幻想を引き起こした。この体勢のまま何分経ったのか分からなかったが、眠ることができなかったので談話室に向かった。
 談話室には、朝ごはんを食べている岡本の姿があった。いかにも女性といったピンク色のパジャマを身にまとい、起きたてとが分かるように、髪はてっぺんの近くが跳ねてていた。噛みしめるように丁寧にヨーグルトを食べていた。
 岡本は僕が入ったのに気付くと、スプーンを口に加えながら会釈をしてきた。僕も会釈をする。女の人と話すということ自体抵抗があったので、冷蔵庫の中の飲み物だけ取って帰ろうと思っていたが、岡本は御構いなしに話してきた。
「ねえ、いつもお願い事って誰にする?」スプーンを口に付けながら岡本は話す。
「え?」
「いや、お願い事あるじゃん。それって誰、というか何に叶えてもらうようにお願いするのかなと思って」
「神様じゃないですかね」
「やっぱそうよね。でもそのお願い事が叶わなかった時、神様に押し付けるんだよね。うまくいかなかった時、神様は不平等だ〜って言うんでしょ。いや、人間の方がよっぽど不平等なのにね」
「確かにそうですね」
「そんなこと言っておきながら、お葬式は仏様を拝むわけでしょ。初詣は神社で、お盆は御墓参り行くんだよね。神様からしたら、浮気するやつに願い事なんか叶えてやるか!って感じじゃない?」
 考えてもみなかった。宗教について、深く考えたことなどなかった。しかも、このような女性から宗教の話を聞くなんて思ってもみなかったので、少し動揺したが、面白いと感じたのでそのまま聞くことにした。
「その割に人間はパートナーに浮気されると怒るじゃない。わけわかんないよね。ごめんね。変な話して」
「いえ、大丈夫です。神様は忙しいですね。人間を裁いたり、人間を作ったり」
 そう言った後、飲み物を取り自分の部屋へ帰ろうかと迷っていると、髪の毛をボサボサにした桂木が入ってきた。髪の毛の整わない三人が同じ場所にいることに、不思議な感覚になった。
「何の話してたん?」桂木が言った。
「私の愚痴を聞いてもらってたのよ」岡本が苦笑いしながら言う。
「岡本さんの愚痴かあ。僕も聞きたかったなあ」
「そんな桂木君が想像してるような面白い愚痴じゃないから。ただの人間の愚痴よ。人間は神様に対して浮気してるって話」
「なるほど。だから、浮気って聞こえたんやね」
「私は浮気する人じゃないからね。よく浮気しそうとか言われるけど」
「分かってるって」桂木は苦笑いしながら言った。
 岡本は桂木に先ほどの話を掻い摘んで話した。
「でもそれ言い出したら、人間を創り出したのも神様やし、神様だってたくさんの人救ってるから数え切れないほどの浮気してるな」桂木は自信ありげに意見を述べる。
「まあ確かにそうだね。でも、神様はそれが仕事じゃない。キャバ嬢が仕事とプライベートを分けてるのと一緒じゃない?」岡本は不服そうに答える。
「まあね。浮気をどう定義するかの問題になるな。こんな不毛な討論はやめよう。田嶋君が困ってる」
 急に僕に振られてドキッとした。正直、話が難しくなってきていて頭が混乱していたところだった。
「ごめんね、田嶋君。二人だといつもこんな話してるの。おかしいでしょう?」岡本は申し訳なさそうに言った。
「いえ、久しぶりに楽しい話聞けてよかったです」
 岡本は部屋を後にした。部屋には、僕と桂木だけになった。その瞬間、桂木は椅子に腰掛け、僕の隣に座り、机に顔を近づけ小言で話してきた。
「ここって本当に暮らしやすいけど、なんかちょっと怖くない?」
「怖いですか?」
「だってさ、お金もいらないんだぜ。流石に住まわせてもらってるからってこれはどうなのかなって思う」
「確かにそうですね」
「いや、嬉しいんだけどさ、ちょっと怖くてさ。なんか変な噂も聞くし」
「変な噂ですか?」
「木村さんいるじゃん。木村さんが……」
 桂木がそう言いかけた時に島崎が食堂に入ってきた。
「おー、二人もう仲良くなったん?ええやんええやん!」
「そうなんすよ!なんか合いそうでよかったです。ではお先に」
 そう言って桂木は部屋を後にした。


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