熊の飼い方 44
影 23
ごっさんは何日か作業を休んだ。どうしてか分からないが、最近、元気がなさそうであると感じていた。ただ体調が悪いだけなのか、精神的な何かがあるのかは分からなかった。しかし、あれだけ元気だった人間が急に元気がなくなると心配になるものだ。
数日後、ごっさんは何事も無かったように作業場に戻ってきた。休憩中、ごっさんは僕が座っている隣に座ってきた。僕は、何があったかを聞くことはできなかったので、いつも通りに振る舞うようにした。僕がいつも通りに振る舞うようにしていることはごっさんにも分ったであろう、逆に気を使われた。話しているうちに沈黙が訪れた。
「僕、実は復讐したんです」
「復讐?」いきなりのことに驚きを隠せなかった。鼓動が早くなる。
「はい。前に、娘が事件に巻き込まれたって話しましたよね。娘、通り魔に殺されたんです。僕納得できなくて。全然意味が分からなくて。その通り魔が言うんです。『誰でも良かった』って。普通に考えて意味不明じゃないですか。誰でもいいのに、なんでうちの娘を選ぶのかって。僕にとってはだれでもよくないから。殺された後の二年間、僕は一日もサチのことは忘れることは無かったんです。もちろん今でも忘れません。刑務所から出たら反省できる。そんなこと僕は信じてないです。今も。だから、徹底的に調べました。犯人がいつ刑務所に入って、いつ刑務所から出るのか。綿密に調べ特定したんです。そして、その男のところに刃物を隠し持って行ったんです。でもその男、刃物を見せつけてなんて言ったと思いますか。『誰?面白いね。ドラマみたい』って言ったんです。もう許せないと思って、そのままやってしまいました。分かってるんです、そんなことやっても意味ないって。こんなやつに自分の人生を無駄にする必要ないって。でも、抑えることができなかったんです」
ごっさんは感情を必死に抑えながら話していた。僕は話を聞いている時、心臓が脈を打ち、毎回ズキズキと刺さるようようだった。いてもたってもいられなくなったが、ここで逃げ出すとあらぬ誤解をされてしまうため、その場から逃げ出すことはしなかった。心を亡くした状態で話を聞く。
全てを凍りつけるような沈黙を溶かすようにごっさんがまた話し出す。
「にっしーさんは子ども好きですか?」
「いえ、あまり好きではないです」
「そうなんですね。子ども欲しいと思いますか?」
「あんまり考えたことないですね」
「そうですよね。こんな話聞いて欲しいと思わないですよね」
ごっさんは苦笑いを浮かべながら言った。目の奥は完全に濁っていた。
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