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映画『マネーショート』で学ぶ「モラルハザード その2」

この記事では,みなさんと映画をベースに社会科学の概念を学んでいきます.ぜひ,映画を見てこのノートを読み,学術的背景に目を凝らしながら楽しんでください.

今回は「リスクの分散」編に引き続き,映画『マネーショート』を取り上げます.映画と金融用語の紹介もそちらで行っていますので,ぜひそちらの記事も参照してみてください.


金融商品に対する「保険」:CDS

クリスチャン・ベール演じるマイケル・バーリは,当時好調であったサブプライムローンを基盤とする金融商品MBS(モーゲージ債)やCDOなどがじきに価値が大幅に下がると予測していました.彼は,そんなMBSやCDOを空売りする手段を探します.ここでは簡単に空売りとは対象の金融商品の価値が下がると儲かる取引の方法です.そんな彼が見つけ出したのが,CDS(Credit Default Swap)という方法です.

CDSの仕組みはちょうど保険と一緒です.CDSは対象の金融商品がデフォルト(債務不履行)を起こしたときに元本を保証してくれます.デフォルトとは,要するに返せなくなった,という状況を指します.しかし,元本を保証する代わりにプレミアム(要は保険金)を支払い続ける必要があります.

MBSやCDOに対するCDSを購入したマイケル・バーリや,スティーブ・カレル演じるマーク・バウムはこのCDSをたくさん購入し,住宅バブルがはじけ,住宅ローンがデフォルトを起こし始めるときを待ったわけです.その待ち時間に支払うプレミアム(保険金)に彼らは同時に苦しめられます.マイケルはこのプレミアムのせいで投資家から訴えられることになります.

さて,このCDSは保険と言いながら実は対象の金融商品を持っていなくても買うことができます.なので,日本食屋nobuで合成CDOの話を聞いて頭を抱えたマークは「奴のを空売りする 5億ドル追加だ」なんてことが言えるわけです.

なので,たとえばリーマン・ブラザーズが出しているCDOに対して,AIGがCDSを売る,なんてことがあるわけです.なぜこの2社かというのは,また後程.

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CDSとCDOの関係:「AAの負けに賭ける?」

このCDSとCDOの関係は真逆の関係にあります.つまり,CDOの価値が上がれば,あるいは住宅ローンが破綻する確率が低ければ,CDSの価値は下がっていきます

これはちょうど統計的差別編で話したように保険金と年齢の関係と同じです.事故が起こる確率が高い人に対しては,保険金は高くなります.それと同じで,破綻する確率の高いCDOに対して,その保険であるCDSの価値は高くなります.逆に,破綻する確率の低いCDOに対しては,起こるはずのない事故に対する保険のようなものなので,CDSの価値は限りなく低くなります.

だからこそ,マイケル・バーリやマーク・バウム,ブラット・ピット演じるベン・リカートはCDSを格安で買いあさることができたわけです.なぜならCDSを売る側からすれば「破綻するはずのない住宅ローンの保険を買って,せっせと保険金を出してくれるカモ」にしか見えないからです.

劇中でもベンはこのように述べているわけです(本編1時間20分ごろ).

「AAの負けに賭ける?」
「銀行は君らの頭を疑っていくらでも売るだろう」
「名案だ」

サブプライムローンの崩壊:その時,CDSは

さて,各人がCDSを買いあさっている間に,サブプライムローンが崩壊し,デフォルトが多く発生すると,投資銀行や証券会社が倒産し始めます.そんななか,マークは上司に呼ばれることになります.他の社員があわただしくやり取りするなか,親会社であるモルガン・スタンレーが膨大な債務を抱えたことを伝えます.

さて,ここで「どういうこと?」と思った人が多いかもしれません.債務とは「返済金などのお金を支払う義務」です.デフォルトが起こっても,MBSやCDOは紙切れになるだけで,何かを支払う義務は発生しません.ここで一体何が起こったかと言うと,モルガン・スタンレーがCDSも売りさばいていたからです.思い出してほしいのは,CDSは元本を保証する金融商品であることです.つまり,サブプライムローンでデフォルトが起こり,多くのMBS,CDOが紙切れになると,それらに対するCDSを売っていた銀行や証券会社には元本分を支払う義務が出てきます.これが劇中に出てきたモルガン・スタンレーの債務の正体です.

サブプライムローンの崩壊で最も象徴的なシーンと言えば,やはりリーマンブラザーズの倒産でしょう.映画の中でも,転換点の一つとして描かれています.リーマンブラザーズはサブプライムローンを組み込んだ金融商品を多く売りさばいていたため,サブプライムローンの崩壊のあおりをもろに受け,負債60兆円超を抱え倒産しました.

さて,問題はリーマンブラザーズの金融商品に対するCDSです.リーマンブラザーズが破綻した今,元本を保証する義務が発生しました.そしてこのCDSを売っていたのは,たとえば大手保険企業であるAIGでした.

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倒産しておしまい……ではない:AIGへの救済措置

リーマンブラザーズの倒産により,多額の支払い義務がAIGに降りかかってきました.その額なんと4410億ドル(40兆円超)に上ります.保険大手のAIGであっても,これを支払うことは到底できません.そこでアメリカ政府はAIGを救済します.

アメリカ政府はリーマンブラザーズを「自己責任」の観点から救済せず,AIGを救済することにしました.というのも,AIGが「潰すには大きすぎる」(Too big to fail)からです.この点は映画の終盤にも触れられ,ちらっとAIGのロゴも出てきましたね.

この救済措置に対しては「今後の銀行運営においてモラルハザードを招くのではないか?」と懸念されています.以前,映画『ファウンダー』を題材にモラルハザードを議論しましたが,今回のCDSをめぐる流れをモラルハザードの観点から見直してみましょう.

モラルハザードと保険

モラルハザードを軽く復習すると,何か取り決めをした後に,その取り決め通りの行動をしないことです.バイトであれば雇われた後にサボる,といったことがモラルハザードの典型的な例です.

このモラルハザードを自動車保険にあてはめて考えてみましょう.保険は事故が起こったときの損失を補填してくれる機能を持ちます.この点において,保険はリスクを縮小する効果を持ちます.つまり,保険は事故を起こしても起こさなくても(お金の観点からみれば)ほとんど変わらないようにする,ということです.

自動車保険に入ることによって,生じるモラルハザードは安全運転しないことです.自動車保険に入ったからと言って,安全運転を怠ることは本来認められません.しかし,自動車保険に加入した人からすれば「保険に入ったし,多少事故っても大丈夫っしょ~♪」と言ってハードな運転をし始めるインセンティブを持ちます.なぜなら安全を遵守してもしなくても変わらないなら,遵守しないほうがラクだからです.

なぜ銀行はMBSやCDO,CDSを乱発したのか?

これを今回のサブプライムローンの破綻にあてはめてみましょう.今回の話において「保険」とは何でしょうか? 今回は政府による救済措置が保険に当たります.

投資銀行が自分の金融商品のリスクを気にも留めずに売り続けたのは,政府による救済措置が頭の中にあったから,ということが考えられます.つまり「政府がどうせ助けてくれるから,今は儲かることをたくさんしよう」ということです.だからこそ,彼らはリスキーな行動を起こすことができました.

しかし,その結果はご覧の通り,未曽有の経済災害でした.モラルハザードを防ぐために政府はどのようにすべきだったのでしょうか? その一つの案として銀行ではなく契約者を保護する方向に動く,というものがあります.銀行に対する保険ではなく,投資家たちを救済することで,銀行のモラルハザードを防ぐことができるかもしれません.

今回の話は,情報の経済学という分野に属します.ご興味のある方はこちらのテキストを読んで理解を深めるとよいでしょう.


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