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映画『マネーショート』で学ぶ「リスクの分散」

この記事では,みなさんと映画をベースに社会科学の概念を学んでいきます.ぜひ,映画を見てこのノートを読み,学術的背景に目を凝らしながら楽しんでください.

今回,取り上げる映画は『マネーショート』です.

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映画『マネーショート』は2007年に起こった未曽有の金融危機「サブプライムローン問題」の最中に,大儲けした4人の話を描いた作品です.原作者は「マネー・ボール」を書いたマイケル・ルイスであり,原題は"Big Short"です.ここで"Short"は株式等の金融商品を「売る」という意味です.特に,ここでは「空売り」,つまり対象の価値が下がるほうに賭けることを指します.この4人は世界経済の破綻(=世界経済の価値が下がる)に賭けたことを原題の"Big Short"は指しているわけです.

この四人をスティーブ・カレル,クリスチャン・ベール,ライアン・ゴズリング,そしてブラット・ピットが演じます.それぞれ非常に味のある演技をしていますが,個人的にはライアン・ゴズリング演じるジャレッド・ヴェネットの飄々としながら第4の壁を越えて私たちに話しかけてくるキャラクター性がお気に入りです.


サブプライムローンの仕組み

この映画には多くの金融用語が出てきます.劇中では,さまざまな人を登場させて,解説しています.たとえば,合成CDOは行動経済学でノーベル経済学賞を取ったリチャード・セイラーが登場して解説します.しかし,それではフォローしきれないところもあると思いますので,用語をかみ砕きながら,映画の話を進めていきましょう.

まず,話のスタートは住宅ローンからです.住宅ローンは銀行が返済能力のある人に住宅を建てるお金を貸し,お金を借りた人は長い時間をかけて返済する仕組みです.これはまだわかりやすいと思います.

これまでの銀行はきちんと返済能力のある人を対象にお金を貸していました.返済能力のある人をプライム(=「優良な」という意)と呼びます.しかし,ある時から銀行が優良でない人,つまりサブプライム(=優良(プライム)の下(サブ))な人にも住宅ローンを貸し始めました.これがサブプライムローンです.

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なぜ,返済能力の見込めないサブプライムな人に住宅ローンを貸し始めたのでしょうか? その背景に住宅バブルがあります(本編12分ごろや49分ごろ).仮にお金が返ってこなくても,建てた家を売れば,バブルで建てたときよりも家の価値が上がっているので,銀行側は家を担保にすれば十分に帰ってくるし,借りる側もおつりがくる.このような理屈の下にサブプライムローンがどんどん組まれていきました.

MBS:「お前はもう証券化されている」

この住宅ローンの仕組みに,お金を貸した銀行は不満を覚えます.というのも,貸したお金がすべて返ってくるのは遥か未来だからです.銀行としては「すぐにお金が欲しい!」となるわけです.

そのような夢をかなえてくれる仕組みがMBS(Mortgage Backed Securities; モーゲージ債)です.住宅ローンを貸した銀行は債権(=ローン返済を請求する権利)を持ちます.言い換えると,返済金を受け取る+催促する権利があります.

この債権をまとめて債券として証券化したもの,つまり,債権をまとめて売り買いできるようにしたものが映画冒頭に登場したMBS(モーゲージ債)です.銀行は住宅ローンを証券化機関を通じて,モーゲージ債として売り出せば,すぐにお金を手に入れることができます.

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実は,みなさんも証券化されています.何が証券化されているかというと,スマホ代です.みなさんはスマホを買う(あるいは買い替える)ときに,スマホの本体の代金を毎月の通信料金に上乗せしているはずです.このとき,あなたはスマホ代をローンで購入したことになります.このローンを証券化して,資金を調達した例がソフトバンクだったりします(下のプレスリリース参照).

CDO:混ぜ物をしてもバレないシーフードシチュー

モーゲージ債以外にも,さまざまな金融商品があります.国債や社債など,さまざまな組織が資金調達のために債券を発行します.この債権をごちゃまぜにしてパッケージ化したものがCDO(Collateralized Debt Obligation)になります.劇中では本編34分ごろに,シェフが悪い魚もいい魚と一緒にまぜて,シーフードシチューにしてしまえば,合わせて「いいシーフードシチュー」になる,と説明していましたね.

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ここでいう悪い魚は「サブプライムローン由来のMBS」になります.住宅バブルを支えるサブプライムローンが,CDOに混ぜ込まれて多く販売されていたのでした.それが「時限爆弾」であるとも知らずに……

時限爆弾:サブプライムローンが「爆発」するとき

サブプライムローンには大きな問題がありました.それは,変動型の金利(釣り金利)であったことです.最初の2年間は比較的低い金利なのですが,その後はとても高い金利になります.これではもともと支払い能力に難がある人(=サブプライムローンを借りた人)は返せません.クリスチャン・ベール演じるマイケル・バーリは,そのことに(膨大な誰も読まない目論見書を読んで)気づいたわけです.

2005年に住宅バブルがあり,サブプライムローンが組まれ,その2年後の2007年に金利が上昇する.多くの人が破綻することが目に見えるわけです.実際,スティーブ・カレル演じるマーク・バウムは,チーム一丸となった実地調査をもとに(本編43分ごろや49分ごろから),住宅バブルはすでにはじけており,金利が上昇する前の段階でデフォルト(債務不履行),つまりローンの返済ができない状態に陥っていることを確認します.当然デフォルトが大規模に起これば,そこから派生するMBS, CDOはすべて紙屑同然となります.

なぜ,時限爆弾入りのCDOが格付けAAAなのか?

しかし,多くのシーンで表現されているように,サブプライムローンをもとにした金融商品MBSやCDOが格付けがAAA,つまり安全安心な高評価を受けているのです(たとえば本編14分ごろや1時間4分ごろ).

これはなぜでしょうか? その背景にはポートフォリオという考え方があります.

1990年にノーベル経済学賞を受賞した一人であるハリー・マーコウィッツは,投資の際のリスク分散として「ポートフォリオ」を考えました.それは彼の言葉に端的に表れています.

「すべての卵を一つのバスケットに入れてはいけない」

金融商品のリスクの指標の一つに値動きの激しさがあります.統計学的には分散として捉えられます.ここで,単純な株の売買を考えてみましょう.ある会社の株Aは,時に高い利率を生む代わりに,大きく下落してしまう値動きの激しい株です.いわゆるハイリスク・ハイリターンな株です.この株を100万円分買って金儲けを目論んだとしましょう.

しかし,この株Aはハイリスクです.大儲けする可能性も,大損する可能性も,同等にあるわけです.この株だけに投資すると,値動きの激しさに居心地の悪さを覚えるでしょう.しかし,ここで次のような(ある種虫のいい)ことを考えます.リスクを減らして,ハイリターンだけもらえないか?

そこで,安定な株Bに目を付けました.株Bは値動きは穏やかながら堅調に値を伸ばしている株です.もちろん,この株Bを100万円分買っても,大儲けはできません.ローリスク・ローリターンだからです.しかし,さきほどの株Aと株Bを混ぜればどうでしょう.株Bの安定さと株Aのハイリスクをいいとこどりができそうな気がしませんか? この株A, Bの配分がポートフォリオであり,分散投資によるリスク縮小です.実際,数学的には分散投資を行うことで,ポートフォリオ全体の値動きの激しさ(分散)は減少します.これがマーコウィッツのいう「すべて卵を一つのバスケットに入れてはいけない」ということを指します.

なぜ,CDOはリスクが分散されなかったのか

ここまで聞いて次のような疑問が浮かびます.なぜ複数の債券を混ぜたCDOがリスク分散されずに破綻に陥ったのでしょうか? それは,分散されているように見えて分散されていなかったからです.リスクが分散される条件があり,それはポートフォリオ内の値動きが完全な正の相関ではないことです.少し正確ではない比喩を述べれば,ひとつのCDOが値上がりすればほかもすべて値上がりするような状況です.これを別の表現をすれば,共通の要因によって左右されないことになります.今回のMBSとCDOの値動きの元をたどれば,たった一つ,サブプライムローンにありました.これが,分散投資によるリスク縮小を無効化したわけです.

金融危機のとどめを刺したのは?

しかし,劇中でも描かれている通り,金融危機にとどめを刺したのは,CDOではありません.その対象になっているCDSが登場します.次回は,CDSや投資銀行,政府の動きを加味して,再度モラルハザードを考えてみましょう.

今回のリスク分散の話をもう少し詳しく知りたい方は以下の本をおすすめします.


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