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映画『ファウンダー』で学ぶ「モラルハザード」

この記事では,みなさんと映画をベースに社会科学の概念を学んでいきます.ぜひ,映画を見てこのノートを読み,学術的背景に目を凝らしながら楽しんでください.


映画『ファウンダー』

今回,ベースにする映画は『ファウンダー』です.

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映画『ファウンダー』はマクドナルドの創業者であるレイ・クロックの話が描かれています.ジョン・リー・ハンコック監督作品で,主演のマイケル・キートンは欲に忠実なレイ・クロックを好演します.

映画『ファウンダー』(原題 The Founder)は,ファウンダーズ(Founders),つまり複数形ではないところがポイントです.マクドナルドは徹底的な合理化に基づいて構築されていることはよく知られています.これは予告編でも確認できます.

ほとんど売れないミルクシェイクマシンを売る販売員であるレイ・クロックの下に,ある日突然8台もの大口注文が入ります.彼は電話の向こう側の繁盛ぶりに興味を持ち,現場に赴くと,彼が目の当たりにしたのは今までの常識を覆す画期的なシステムでした.

当時の道路沿いのレストランといえば,車で乗り付け,(ローラースケートを付けた)店員が注文を取り,車に乗ったまま食事をとるドライブインの形式でした.映画の冒頭で確認できるように,提供までに時間はかかるわ注文は通らないわで,現代の日本からするとどえらい状況であることが垣間見えます.

そんな中,マクドナルド兄弟の2名が作ったシステムは画期的という言葉では足りないぐらいには素晴らしいものでした.この兄弟は注文から提供まで30秒で済むキッチンシステムを構築します.

合理的なキッチンシステムとシンプルなメニューにより,注文ミスもなく,わざわざ車の中で待つこともなく,わずかな時間でアメリカンなハンバーガーを味わうことができます.レイ・クロックは,このシステムに可能性を見出します.彼はマクドナルド兄弟に何とか取りつき,フランチャイズを広める営業担当として兄弟と契約を結びます.

このレイ・クロックが世界的ファーストフードチェーン,マクドナルドの創業者(Founder)として名を連ねることになります.兄弟の2人ではなく,彼1人だけが創業者になる……だからこそタイトルは"The Founder"の単数形なのです.

しかし,彼が創業者になるまでは,多くの険しい道のりがありました.このノートではその一部を切り取り,「モラルハザード」について学んでいきましょう.

「基準」を守るには

(本編48分ごろからご覧ください.)

レイ・クロックは序盤,資産家に声をかけ,次々とフランチャイズを展開していきます.しかし,そんなレイ・クロックに厳しい目を向けるのは弟リチャードでした.彼は,性急なフランチャイズ展開に,こう言葉を投げかけます.

"How is he going to maintain standards?"
(いったいあいつはどうやって「基準」を守らせるんだ?)

というのも,実はマクドナルド兄弟自身が,フランチャイズ化を失敗した過去を持つからです.その原因の一つが「基準」の維持でした.

レイ・クロックもまた,基準の維持の難しさに直面します.彼があるフランチャイズ店の視察に向かうと,そこにはマクドナルドらしからぬ光景が広がっていることに気づきます.大音量の音楽が流れ,ごみの散らかった駐車場を忌々しく見つつ,店舗に向かうとそこには見慣れないメニューが書かれています.「フライドチキン」「ビスケット」……ハンバーガーしかないマクドナルドには,存在しないはずの料理が売られています.

しかし,彼を最も怒らせたのは,店頭でロカビリー風の男が食べていたハンバーガーでした.そのハンバーガーには,事もあろうかレタスが挟まっていたのです.マクドナルドのハンバーガーには今も昔もレタスは挟まっていません.そのお店では,基準が維持されていなかったわけです.だからこそ彼は激怒したわけです.

モラルハザード(≠道徳観の欠如)

さて,このように仕事が当初の契約(or 約束)から外れて守られないことがあります.ここ最近の日本だと「バイトの炎上」が典型的だと思います.古くは牛丼屋で必要以上に肉を載せる動画をアップロードしたり,コンビニで冷蔵庫の中に入ったり,数えきれないほどのバイトがやらかしてきました.

このような契約が守られない問題をモラルハザードといいます.モラルハザードは「道徳観の欠如」ではありません.よく間違えられていますが,みなさんは間違えないようにしましょう.

なぜ,モラルハザードが起こるのでしょうか? ここでポイントなのは,モラルハザードは「合理的」な行動の結果だということです.

冒頭のマクドナルドのフランチャイジー(実際にそのお店を担当している店主)の状況を考えてみましょう.店長には二つの選択肢が用意されています.

一つ目の選択肢は,まじめにフランチャイズ本部が言う通りにまじめに業務に従うことです.こうすることで,安定した収入を得ることができるわけです.

その一方で,二つ目の選択肢として,メニューを拡大することが考えられます.みなさんは壁一面にメニューが貼られた居酒屋を見たことはないでしょうか.冷ややっこ,枝豆の定番メニューから,ナポリタン,果てはローストビーフまで,いったいどうしたらここまで増えるのか,疑問に思うお店があります.そのようなお店がメニューを増やしていった理由を聞いてみると,
だいたい「お客の要望に応えていった」と答えることが多いようです.

これと全く同じ状況が,マクドナルドにおいても見られると考えられます.
「ここってビスケットないの?」「ハンバーガー? ホットドッグが食べたいな」
こういった要望が店主に投げかけられた結果,フランチャイズのルールから逸脱したほうが「お得」である,という状況が得られるわけです.つまり,ルールを守らないほうが「お得」な状況ということです.このような状況は,ルールから逸脱する誘因(インセンティブ)を持つ,と表現します.

バイトの例に戻れば,バイトが真面目に仕事をせずに,自分のやりたいこと(?)をするのは,そうするほうが「お得」だから,インセンティブがあるからにほかなりません.

プリンシパル・エージェント問題

現代社会では,分業が前提になっています.かつては,何かを作るときは職人が一人で行っていました.テーブルを作るにも,一人で木材を切り,組み立てていたわけです.

しかし産業革命以降,人々は手分けしたほうが効率がよいことに気づきます.つまり,木材を切る担当の人と組み立て担当の人を分けて,それぞれの作業に没頭させれば,より多くのテーブルを作ることができます.これが分業の仕組みです.

しかし,分業が成立するのは作業する人が素直な場合だけです.分業とは,仕事を依頼する人(依頼人:プリンシパル)が仕事を受ける人(代理人:エージェント)にお願いをします.これで,受ける人がきちんと仕事をしてくれればいいのですが,そうはいきません.なぜなら,仕事を受ける側には手を抜く誘因があるからです.このような状態を利益相反と言います.

仕事を受ける人がさぼるのを防ぐために,ずーっと見続けるわけにはいきません.監視する=モニタリングするにもコストがかかります.(当たり前ですが)ほかの人に仕事をお願いすることはできても,他人の行動を制御することはできません.

このような問題はプリンシパル・エージェント問題(PA問題)としてまとめられています.PA問題は,以下の2つが重なると起こります.
 1. 十分にモニタリングできないこと
 2. 利益相反,つまり依頼人(プリンシパル)と代理人(エージェント)の利益が食い違うこと
このPA問題は現代社会のいたるところで見られます.

会社と社員:真面目に働いてほしい会社とさぼりたい社員
 典型的には『釣りバカ日誌』でのハマちゃんを見ているとよくわかると思います.

先生と生徒:真面目に授業を受けてほしい先生と内職したい生徒
 早弁したい学生とか典型的ですね.

学校・大学と先生:真面目に授業をしてほしい学校側とさぼりたい先生
 大学の先生は授業を「映画」を流すだけ,のようにさぼることもできるはずです.ファンタのCMの先生のように,適当に授業をしても学校は監視カメラでもつけない限りできません.

今回のおさらい

今回は映画『ファウンダー』を題材にして,モラルハザードとプリンシパル・エージェント問題をお話しました.いずれも,契約後の仕事ぶりが見えず,まじめに仕事をするインセンティブがないことが要因でした.

映画『ファウンダー』では,レイ・クロックはこの問題を店長選びを工夫することで解決します.この話はまた別のノートで書きます.

今回の話は「情報の経済学」という一分野に属します.このトピックに興味を持たれた方は以下の本をおすすめします.


追伸:時事問題から

ちょうどタイムリーなニュースとしてコンビニの経営問題があります.こちらの記事を見て,PA問題から考えてみるとより面白いかもしれません.


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