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【再読】小説 『四月になれば彼女は』 の多彩な色仕掛け

一度目の「?」が二度目から「!」になっていく。
本の再読にはそんな喜びがある。
今回は川村元気さんの『四月になれば彼女は』について、
描写される色に焦点をあてて書いていきたいと思います。
まだ一度も読んだことがない方は、是非一度読んでみてください。

私がこの本を最初に読んだとき、恋愛の美しい始まりと悲しい喪失、
そしてその再生のきっかけとなる手紙の力強さに感涙しました。
失ってしまうもの、取り戻せないもの、取り戻したいもの、信じたいもの。
孤独に陥りながら、それでも最後の辿り着く希望。
読後の余韻で、朝日が昇るまで眠れず、それは素敵な読書体験でした。

私の場合、もう一度読みたくなる本にはぼんやりとした「?」があるもので、今回は作中における風景や人物描写の色彩から感じるものでした。
「?」が醸し出す印象の強さが何なのか。
再読してみて一つわかりやすい仕掛けがあることに気付きました。

※以降ネタバレが含まれます

この小説のタイトルは曲の April Come She Will / Simon And Garfunkel からとられていますが、この曲にならって12ヶ月の話を1月ずつ章立てにして書かれています。
その冒頭文に注目すると・・・

1章:四月になれば彼女は
「信号が青になる。」
2章:五月の横顔
「視界の隅で、赤が跳ねた。」
3章:六月の妹
「白いスポットライトが、ステージの中央に落ちる。」

最初の三章で、青・赤・白が提示されます。
このトリコロールがこの小説の基調となっており、
随所に配色されていきます。
精神科医の藤代。
その結婚相手で獣医の弥生。
そして藤代の初めての恋人、ハル。
藤代とハル(春)は四月に出逢い、藤代の「代」は「白」、「青森」出身のハルは「青」、色の意味付けはここから出発します。
藤代と弥生(三月)はワイン好きで、二人は「白」と「赤」を共有します。
藤代とハル、藤代と弥生、それぞれが一瞬だけ色を分かちあい、次第に離れていく。
過去と現在を行き来しながら、そんな様子が描かれていきます。

物語では弥生の妹の純(June=6月に登場)、藤代と同僚の奈々(ナナ=7月に登場)、ハルに恋した大島、藤代の友人のタスクなど、
魅力的で刺激的な存在が、三色に干渉する役割を担っています。
性的な象徴としての純は、爪や肌、風船の色を通じて、赤・白・ピンク。
不安定の象徴としての大島は、髪や海の色を通じて、灰色・黒。
藤代に助言する奈々とタスクは、色の描写こそ少ないですが、肌やTシャツの色を通じて、無機質な白で表現されます。

作中ほぼ全ての場面において色の描写が見られますが、特に印象的なのが恋愛が始まるシーンです。

藤代とハルは、大学の写真部の仲間達とアイスランドのバンド「シガー・ロス(勝利の薔薇)」のライブを観に行き、その帰りに藤代は、湾岸や夜景の写真を撮りに行きたいと言うハルに付き添います。
その途中、ハルの思い付きで季節外れの花火を見るためにモノレールに乗り込むのですが、車内のシートの色が「淡いブルー」なのです。
そこで二人は気持ちを分かち合い、遠くの花火を眺めます。
白いスポットライトを浴びた「勝利の薔薇」のライブ、そこで感じた柔らかくあたたかいものを胸に抱きながら。
藤代とハルの恋の始まりは、淡い青と白、そして薔薇色で彩られました。
後年、ハルは藤代への手紙の中で、写真で撮りたかったものが「時間」だったことに気付きますが、このシーンで「勝利の薔薇」の音楽という「時間」が混ざってくるのは、ハルの恋愛らしさを象徴しているように思います。
そしてハルの撮る写真はいつも、色の薄い「淡い」ものであったことも。

もう一つの恋の始まり、藤代と弥生ですが、二人が出会った頃、弥生には婚約者がいました。
弥生が結婚するまで二人は、毎週土曜日に藤代の部屋で朝まで映画を観て、それについて語らうだけの逢瀬を重ねます。
そしてその最後の日、最後に観た映画に触発された弥生の思い付きで、二人は動物園へ行きます。
園内を一周した後、猿山の前のベンチに腰掛け、二人は藤代の過去について語らいます。
そこで登場するのが「白いゴム長靴」を履き、「鮮やかなブルーのつなぎ」着て、「真っ赤に熟れているりんご」を大量に抱えた飼育員の男なのです。
その飼育員が、猿がいる柵のなかにりんごを放り投げると、「赤いリンゴが次々と割れ、白い実が露わに」なります。
「甘い香りが、かすかに漂ってくる」なか、藤代は弥生に婚約者への愛を
確かめると、弥生は沈黙ののち、ある賭けに出ます。
その瞬間、「弥生の白く細い指が鷲の爪のように広がり、りんごを摑んでいた。未来を摑み取るかのようなその指のなかで、りんごが赤く輝いて」いました。
そして賭けの結果、弥生は藤代を選びました。
藤代と弥生の恋の始まりは、青と白、そして赤で彩られましたが、ハルの時とは対照的にその色は「鮮やか」なものでした。
一色の、色が混ざらない花火が好きだった藤代は、弥生の中にその花火を見たのかもしれません。

恋は風邪と似ている。
風邪のウィルスはいつの間にか体を冒し、気づいたら発熱している。
だがときが経つにつれ、その熱は失われていく。
熱があったことが嘘のように思える日がやってくる。
誰にも避けがたく、その瞬間は訪れる。

P.61

恋は愛に変わり、やがて愛も移ろい変わっていく。
始まりの彩りを留められないこと、留めることを諦めていくように、藤代もハルも弥生も、時に流されていきます。

藤代とハルの別れから、ハルのその後は9年ぶりの手紙まで空白になりますが、藤代は別れをきっかけに精神科医の道へと進み、その先で獣医の弥生と出会うことになります。
藤代も弥生も、わからない心を診る対象としていますが、わからないと諦めることが許される職業だったからのようにも思えます。
1年後に結婚式を控えながらも、次第に愛を失いつつあった二人は、ハルからの手紙をきっかけに気付き、変わり始めます。
ハルから届く手紙には、色彩豊かな旅路と、9年前の淡い記憶が綴られていました。
時間とその奇蹟、そして見たかった朝日へとつながる写真も添えられて。

今回取り上げたところ以外にも、この作品にはたくさんの色が仕掛けられています。
是非もう一度読んで、この小説に散りばめられたたくさんの色を探してみてください。
きっとラストシーンの色合いが、見つけた色の分だけ、より一層美しいものになるはずです。
私もまだ見つけていない色があるはずで、それをまた探しに行こうと思います。

そして最後にクイズを一つ。
青と赤と白、この三つの色を混ぜると何色になると思いますか?

答えはそう、藤色です!
作者の川村さんはとても親切ですね。
主人公の名前に、この作品のテーマを忍ばせるなんて。
映画製作者である川村さん、
この小説の実写化を、
私はずっと楽しみにしています。

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