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バイラル・ビデオが映し出す「羅生門」現象

映画「羅生門」は、黒澤明監督作品の中でも際立つ名作として国際的にもよく知られている。平安時代に起きた事件の真相を、立場の異なる登場人物がそれぞれの観点から証言する。何が真実なのか、真相は藪の中という独特の構成で、英語でもRahomon Effect(羅生門効果)という表現のもとになった

1月19日のワシントンDCで、いくつものグループが集まって歩くデモ行進(マーチ)が行われた。そこで起きたグループ間の摩擦が映っている一分足らずのビデオがあっという間に「白人の高校生がネイティブ・アメリカンの長老を愚弄した」という「物語」でSNSを席巻し、全国ニュースになった。そのうち出てきた違う角度から撮影した映像や、より長いビデオは、現実はもっと複雑だったことを示唆していた。さらに、当事者たちが自身のSNSやマスコミのインタビューで、それぞれが違う「物語」を語り始める—まさに「羅生門」のように。

最初にバイラルになった短い映像の主人公は、不遜な笑みを浮かべて初老のネイティブ・アメリカン男性を見下す白人の高校生だった。トランプ大統領がスローガンとする 「アメリカを再び偉大な国に」という意味の「メイク・アメリカ・グレート・アゲイン」(Make America Great Again、略してMAGA)の赤い野球帽をかぶり、楽器を打ち鳴らすネイティブの男性の顔にくっつくほど近くに立つ少年。仲間の高校生たちは何かを叫んでいるように見える。

高校生は、ケンタッキー州のカトリック系男子校の生徒で、その高校からは多くの生徒が「マーチ・フォー・ライフ」という中絶反対デモに参加するためワシントンに来ていた。ネイティブ・アメリカンの男性たちが参加していたのは同じ場所、同じ日に行われた「先住民族のマーチ」だった。

そのうち、現場にはもうひとつ別の集団がいたことが明らかに。別のビデオには、ブラック・ヘブライ・イスラエル人という過激な傾向のある宗教団体のグループが、マイノリティ蔑視の発言が目立つトランプ大統領のMAGAというスローガンを身につけた高校生の集団に向かって汚い言葉で罵倒する様子が映っている。

先住民族マーチの男性は、一部メディアに、ブラック・ヘブライ・イスラエル人グループと高校生が対立する状態に割って入り、緊張を緩和しようとしたところ、高校生が自分たちをターゲットにした態度に恐怖を覚えたと話したが、他のメディアには違う説明をしているという。

最初に流出した「不遜な笑み」の高校生もテレビのインタビューに答え、威嚇されたのは自分たちのほうで、笑顔で男性を見返したのは、威嚇に負けないことを示すためだったと話した。

最初のビデオをツイートした人物の意図はなんだったのか。

ブラック・ヘブライ・イスラエル人グループの罵詈雑言が悪意をあおる発端になったのか。

なぜ高校生たちはネイティブ・アメリカンのグループを威嚇するような態度をとったのか。

中絶反対のデモ行進というきわめて政治的なイベントに、高校生がバスに乗ってワシントンにやってきて参加するのは普通なのか。

その日はまた、2年前に大統領に就任したトランプ大統領への抗議行動として始まった「ウィメンズ・マーチ」(女性の行進)も行われていた。

同じカトリック系高校の生徒グループが、ウィメンズ・マーチに参加したと思われる若い女性に大声で嫌がらせをする姿が映っているビデオもソーシャルメディアに出てくるなど、その他のグループとの摩擦も起きていたらしい。

この一件については各メディアが報道を繰り返し、FOXニュースなど保守派メディアは高校生たちを支持し、リベラル系メディアは、短いビデオで結論を急いだことは反省すべきだが、高校生の態度にも非がある、という論調で落ち着いているようだ。

この記事冒頭に貼り付けたツイートには、実際のマーチから数日たって明らかになってきた事実を見直したニューヨークタイムズ紙の記事がリンクされている。

トランプ大統領も、高校生たちはアンフェアな扱いを受けたとメディア批判をツイートした。

よく、真実はその場にいた者にしかわからない、と言うが、今回の騒動では、その場にいた者そのそれぞれにとっての真実が異なることが浮き彫りになった。その場では多くの人がビデオを撮影していた。誰の視点から撮影し、どの部分を切り取り、どう編集し、どういう注釈をつけて見せるかで解釈ががらりと変わる。真実を映すはずのビデオが、ビデオを見る人間、あるいはメディアの持つ偏見や意見に合わせた「物語」を紡ぎ出す。

一分間のビデオで始まった騒動は、人種間対立、宗教、中絶の是非、ソーシャルメディアのパワー、メディアの責任・・・といくつもの現代的な問題をあぶりだした。でも、次にバイラル・ビデオが登場したら、今回の反省を生かして、SNSのオーディエンスは結論を出す前にじっくりと事実を見極め、マスコミも慎重に取材した上で報道する・・・なんてことには決してならないだろう。ニュースの消費者にはスピードが何より大事。炎上しそうな案件があったらその火の中に飛び込むしかない。「羅生門」のようなできごとはこれからも増えていく。

参考にしました



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