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離島に全国から高校生が集まってくる理由【島根県海士町②】

島根県の沖合に浮かぶ隠岐諸島。

そのうち、人口2千人ほどの1島が海士町(あまちょう)。

前回の記事に引き続き、今回は海士町のもう一つの攻めの戦略【人づくり】についてご紹介します。

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志を持って島にやってくる中学生

宿泊先の島宿では、二人の中学生との出会いがありました。

聞くと、海士町唯一の高校である「隠岐島前高校」の受験にやってきたとのこと。高校魅力化に取り組み、全国的に有名になった高校です。二人はそれぞれ別の県から来ていて、親の付き添いはなく一人で遠く離れたこの島まで来ていました。

この高校に受験しようと思った理由を聞いてみたところ、「親に紹介されたときはこんな島に来るつもりはなかった」とのこと。オープンスクールに来てから、絶対に入りたいと思うようになったそうです。その理由をこう説明しました。

「この高校、このまちの学びに共感したから」

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廃校の危機=島消滅の危機

海士町では、高校生のほとんどが卒業後に島外へ進学・就職し、子育て世代の多い20〜30歳代の人口も少なくなっており、まちの未来を描けなくなっていました。

県立隠岐島前高校は、少子化の影響を受け、H9年度入学者が77人だったのに対し、H20年度には28人まで激減していました。このままでは、統廃合の対象となるのも時間の問題でした。

仮に高校がなくなった場合、子どもたちは進学のために15歳で島外に出なければなりません。そうなれば、仕送り等の経済的負担が困難なケースが多くなることが予想され、子育て世帯ごと島外へ移ってしまう恐れがありました。

まちから子どもがいなくなれば、後継者や未来の担い手が足りず、地域の文化や産業が衰退していくことになり、様々な地域課題につながっていきます。島が消滅してしまう危機感すらありました。

なんとか高校を維持しなければならない。

海士町は、攻めの事業に取り組む経験のなかで、まちづくりで最も重要なのは「人」と考えてました。効果の見えにくい人材育成事業は、自治体では予算がつきにくい分野ですが、「人づくり促進プラン」を策定するなど人材育成を推進していました。当時の財政課長はこう話されていました。

「地域が消滅するかもしれないことに対する投資はいとわない」

まちを担う活力人口の維持のため、島の消滅を阻止するため、そして地域の未来を担う人づくりの観点からも、高校は絶対になくさないことを覚悟します。そして、高校魅力化プロジェクトがスタートしました。

全国初の高校魅力化プロジェクトの発足

高校を存続させるためのプロジェクト。しかし存続だけを目指していても生徒は来ない。生徒が「行きたくなる」、保護者が「行かせたくなる」、地域が「活かしたくなる」、そんな魅力的な学校をつくるプロジェクトを目指しました。

中心となったのは、経歴もばらばらのヨソモノ。教師ではなく民間の出身の若者でした。

海士町は、これまでも積極的にヨソモノの知恵や力を取り入れることで、新しい価値を生んできました。こうした「挑戦の風土」が根付いたまちだからこそ、優秀なメンバーが集まってきました。

そのうち2人の方にお話をさせていただいたことがありますが、はじめからうまくいったわけではない、とおっしゃっていました。海士町といえど、簡単に地域に入り込むことはできない。地域に溶け込むには時間が必要だったのです。

地方では、人付き合いの距離感が違ってなじめなかったり、過去にヨソモノによる失敗事例があると受け入れてもらえなかったりして、ドロップアウトしてしまうケースがよくあります。地方で新しいことを始めるときは、自分の「本気」を示し、地域に受けれられなければなりません。

また、高校との関係も難しかったということです。ただでさえ多忙な教員の方々が、部外者から新たな負担をかけられることになるからです。高校魅力化の取組は前例がないため、どんなことを実施し、どんな結果になるかといったイメージを伝えることは困難だったと思います。

地域の理解を得ていくためには、一つ一つの取り組みや成果を積み重ねるしかありません。地域に認められ、高校と連携できるまでには数年がかかったとのことです。こうした熱意と情熱が成果を生んでいきました。

全国的に広がる島前高校の魅力化モデルをご紹介します。

①勉強だけじゃない学びの場「公営塾」

公営塾とは、自治体が設置する塾のことです。通常、学校と塾は連携が難しいとされていますが、自治体が設置していることで学習状況の連携も可能となります。

海士町が設置した公営塾「隠岐國学習センター」は、島前高校と「グローカル人材の育成」という共通の目標を掲げ、ひとりひとりの進路実現を支援しています。

※グローカル人材・・・「グローバル」と「ローカル」を合わせた造語。世界的な視野を持って、地域で活躍する人材のこと。

定員割れになっている地方の高校は、都市部とは異なり、生徒の学力も進路希望もバラバラです。また塾や予備校といった選択肢が少ないことから、進学に対して不利になるのではないかという懸念がありました。

高校においては、どうしても学力の低い生徒へのサポートが必要になります。そこで、公営塾と連携することで、幅広い学力層の生徒の学習をサポートし、進路実現を支援することができるようになります。

隠岐國学習センターでは、3学年合わせて約130名が通っているとのことで、高校と連携して考えられた、ひとりひとりの進度にあわせたカリキュラムで学んでいます。

公営塾の役割は、学力向上だけではありません。特徴的な取り組みとして、「夢ゼミ」を行っています。対話や実践を通して、自分の興味や夢を明確にしていくゼミ形式の授業です。

まちの課題を教材として、当事者意識を持って解決策を考え、実践してみる。または自分の過去を振り返って、価値観を言語化しながら、自分で決めたテーマについて実践を通して探求するといったことを行います。

そういう意味では、地域課題の多いまちであればあるほど、「グローカル人材」を育成するための教材に囲まれている、ということが言えるのかもしれません。

また、共用スペースは、365日24時間開放されており、地域の人がゼミを持つことも可能。いろんな立場の人から話を聞くこともできます。教科書を勉強するだけではなく、人と関わったり、実践するなかから、多様な学びを得ることができるのです。

地域に開かれた学びの場がここにあります。

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②生活の場だけじゃない「教育寮」

隠岐島前高校は、全国募集を行っており、島外から多くの生徒が進学してきています。その生徒たちが住んでいる寮は、ただ生活をする場所というわけではありません。

エントランスには、ネット環境と大型スクリーンがあり、講義を受けたり、他の公営塾と交流することができます。世界とつながる場所です。

生徒たちは寮生活で起こったことをもとに自分たちでルールを決めたり、企画を募集して実践することなどを行っています。自分たちで考え、仲間と協力しあって生活をしているのです。

僕が行った時は、多くの生徒から提案のあったという畑作りを行っているところでした。

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共用スペース

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消灯後も勉強ができるスペース

寮2

案内してくれた生徒は、寮生活で一番楽しいことを「地域に出て何かやってみること」と話しました。「いろんな地域の人がいるので、方言や文化を知ることができて楽しい。海士町に来て良かった」と。

ただの生活の場ではなく、寮生活でさえも「学びの場」となっているのです。

③グローカル人材を育てるカリキュラム

前述のとおり、隠岐島前高校では「グローカル人材」の育成を目指しています。高校のカリキュラムにおいても、グローカル人材育成につながる特色あるプログラムが組まれています。

【課題解決力】グローバルな視点で地域課題を生徒自ら発見し、その課題解決に向けて何をしなくてはいけないのかを主体的に考えられるようにする。

【多文化協働力】一人一人の魅力を互いに引き出し合い、その能力を補完し合い、集団として活動することの価値を見出せる。

【地域起業家精神】地域の産業や生活のあり方を知った上で、自分と仲間で何ができるのかを考え実践する。

こうしたカリキュラムを通して、自分の夢や志、広い視野を持って社会で何に貢献できるのかといったことを学んでいきます。

高校魅力化が地域に与えたインパクト

こうした取り組み、地域全体で学べる環境、そして本気の大人たちがプロジェクトに携わっているこで注目され、全国から生徒が集まってくるようになりました。

入学志願者数は、H20 年度は 27 名でしたが、H29 年度には64 名。そのうち島外からは 29 名でした。海外からの生徒も受け入れているといいます。

○全校生徒数 H20年度:89名 H 29 年度: 184 名

三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社の調査によると、高校時代を過ごした地域に暮らしたり、何らかの形で関わりたいと考える高校生は7割。また、地域社会や地域の大人との関係性が深いほど、定住意向が高まる傾向にあるとのことです。

隠岐國学習センターの講師の方はこう話されていました。

「将来を決めるのは子どもたち自身。でも大人の想いは伝えるべきだと思う。「海士町に戻ってきて一緒に未来をつくろう」と。本気の大人がいることで、島に戻って活躍する生徒が増えていくと信じている」

隠岐島前高校で成長し、社会で活躍した卒業生が、海士町の未来を変えていく。そんな未来がもうそこまで来ているのかもしれません。







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