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わかっていてもできないことは

 わかってはいるけどそれがなかなかできないんだ、と言うけれどそれは本当にわかっているのか?本当にできないのか?

 以前は「わかっているけどできない」と思っていたことが私には数多くあった。
 本当にわかっているのか?
 本当にできないのか?
 自分自身にきちんと問いかけることもないまま「良いとわかっていてもできないことは当たり前にたくさんある」という残念な思考に陥っていたようだ。

 それがここ数年の間に「良いとわかっているのならばぐずぐず考えずにひとまずやってみれば良いではないか」と思わせてくれるような数多くの良書と出会い、「できないことははじめからやらない」という思い込みを脱却した。

 「できないかもしれないけどひとまずやってみよう」という思考がかなり身に付いてきたと思っている。

 ひとまずやってみて、できそうならば続けたら良いし、どうも合わないとか、やっぱり続かないと思えばやめるも良し、違うやり方を考えるとか、それが自分にとって本当に必要なことなのかをもう一度考えてみるのも良し。
 タバコをやめるとか、お酒をやめるとか、いろんな理由をつけてそれは絶対できないというけど、やってみればできるもんやし、ストレッチや瞑想するなどの新しい習慣も、白米を玄米に変えるとか甘いコーヒーを無糖にするとかの食習慣も、やってみたらそんなに難問ではないということが見えてくる。

 やってみたけど続かなかったりするのはまだ大目に見るとして、やりもせずにできないという決めつけするのは、可能性を潰してしまっているだけなのだと知った。

 つまり「わかっている」というのはそう勝手に決めているだけで、本当にその事の良さ、重要性、楽しさなどを実は全くわかっていないからこそできないと決めつけられるのだ。
 だからできないのではなくてやろうとしていないだけなのだ。

 「わかってはいるけどなかなかできないこと」は、実は「わかってもいないし、やろうともしていない」事なのだ。
 

 





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