見出し画像

【戯曲】山田という名の死神③

□ シーンⅣ

 [大輔・洋子・由美・カレン・ロザリー]  (15分) 

公園。
大輔と洋子登場。営業先から戻るところでベンチに座り一息つく。
大輔  「あ~。疲れた!あれだけの規模となるとさすがに緊張しますね」
洋子  「ふぅ……」
大輔  「しっかし洋子さん、やりましたね!(ガッツポーズで)大型顧客ゲッートォ!」
洋子  「(何か思案しつつ)そうね……」
大輔  「ついに眠っていたおれの営業手腕が華開いたって感じですよ!」
洋子  「いや、それはどうかと……」
大輔  「あれ?洋子さん、どうしたんですか?うれしくないんですか?」
洋子  「う、うれしいに決まってるじゃないの。でも……」
大輔  「でも?」
洋子  「この顧客、部長が1年以上も手塩にかけてきた案件よね。何でこの時期になって、急に私たちに任せるだなんて言ったのかしら……」
大輔  「まぁ、確かに。ようやく部下育成にやる気になったんじゃないですか?」
洋子  「……それだけじゃない気がして。うまく言えないけど」
大輔  「俺から見ればいつもの鬼部長ですけど。いいんじゃないですか?心入れ替えたってことで」
洋子  「噂では部長の一部業務の引継ぎが始まってるっていうし」
大輔  「まさか!?」
洋子  「最近、何か考え事してたり、名残惜しそうな表情をしてたりするのよ」
大輔  「あ、確かにこの前も変なこと言ってたな」
洋子  「え?」
大輔  「いやね、いつものように散々説教した後、俺に言ったんですよ。これからはお前も組織をまとめていくような立場になるんだ。しっかりやれよって」
洋子  「部長が、よりにもよってあんたにそんなことを?」
大輔  「よりにもよってって何すか!?ま、俺もびっくりしましたけどね。これまで一度も褒められたり励まされたりなんてことなかったですから」
洋子  「やっぱり変よね……」
大輔  「(手を打ち)あ!異動だ。異動!(ガッツポーズで)よし!のってきた!」
洋子  「異動!?確かに、その可能性はあるわね」

洋子、もの思いにふけり始める。大輔、洋子の顔を覗き込む。

大輔  「あ、洋子さんまだ何か気になることでもあるんですか?」
洋子  「まさか、病気とかじゃないわよね?」
大輔  「病気!?まさかー。大丈夫ですって。殺しても死にそうにないですからね」
洋子  「そ、そうよね」
大輔  「さ、早く大型顧客獲得を土産に凱旋ですよー!鬼部長の驚く顔が見ものだ、これ」
洋子  「(軽く笑いながら)そうね……」

由美が慌てて入ってくる。

由美  「洋子さん、よかった。間に合った」
洋子  「由美さん、どうしたんですか」
由美  「これ、お忘れですよ」

由美、茶色の封筒を取り出す。

洋子  「(封筒の中を見て)あ!」
大輔  「これ、契約書じゃないですか!?洋子さん、しっかりして下さいよ、全く。怒られるの、何故かおれなんですから!」
洋子  「ごめんごめん。うっかりしてた。由美さん、ありがとうございます」
由美  「いえいえ、これから弊社共々よろしくお願いしますね」
洋子  「こちらこそ」
大輔  「由美さんー、今度、一緒に呑みいきましょうよ。いいお店知ってるんです」
由美  「(嫌そうに)え?え、ええ。是非」
洋子  「あははは。(大輔に)余計なこと言うな。では、私たちはこれで」

大輔、洋子はける。
由美、携帯電話をとる。

由美  「はい。社長。間に合いました。すみません。……ええ。以後気をつけます……はい」

由美、携帯電話をしまい、ため息をつく。
カレン、登場。

由美  「何で、私のせいなのよ。忘れた……」
カレン「忘れたのは向こうじゃない!ね。あははは」
由美  「(カレンに気付き)どなた?」
カレン「由美さんよね。あなたを迎えに来たわ」
由美  「私を?」
カレン「そう。私と一緒に来て頂戴」
由美  「何かのアポかしら?今日はそんな予定なかったはずだけど」
カレン「あなたの予定表にはないわよー。でも私のには何年も前から書かれてるんだな。これが」
由美  「ごめんなさい。私ったらうっかりしてて」
カレン「いいえ。謝る必要なんてないわ。人間誰しも、自分がいつ死ぬかなんて分からないものね」
由美  「ど、どういうこと?」
カレン「単刀直入に言うわ。あなた……今日、死ぬの」
由美  「あなた誰!?ふざけてるの!?」
カレン「ふざけてなんかいないわよ。私はカレン。死神よ」
由美  「え!?死神?あの鎌持った?」
カレン「いや、そんなもん持ってないけど」
由美  「(聞いてない)いやー!」
由美が逃げようとするが、つまずいて転ぶ。
カレン、すかさず由美に近づく。

由美  「来ないで!いい?これ以上近づいたら、警察呼ぶわよ!」
カレン「あの世もいいもんなのよ、ちょっとだけでも聞いて頂戴!」
由美  「(手で払いながら)嫌!来ないでよ!」
カレン「あなた、この世ではろくなことないでしょ。4年前に男に浮気されてからは独り身。酒に逃げながら仕事を続けるも、理不尽なことが続いてストレス性の胃潰瘍で入院までしてる」
由美  「な、何でそれを……って余計なお世話よ!」
カレン「秘書は大変よねー。いつもニコニコして優等生みたいな顔してなきゃいけないんだから。でも、もう疲れたわよね。休みたいわよね。あなた限界よ」
由美  「あなたなんかに何がわかるのよ!?死神のくせに!」
カレン「私はね、あなたを救いに来たのよ」
由美  「死ぬのが何で救いになるっていうの!(両手で顔を覆いながら)私、死にたくない!」
カレン「あの世ではね、あなたの望む姿、望むものが手に入るのよ。みんな好きなように、大好きな人たちと幸せに暮らしてる」
由美  「(覆っていた手をパッと離して)え!?……望むものなら何でも?」
カレン「(きたきた!)そう!望むものは何でもよー」
由美  「お城に住める?」
カレン「お城?え、ええ。もちろんよ。シンデレラ城みたいな。どういう趣味してんのよ……」
由美  「お金持ちになれる?」
カレン「も、もちろん。札束の山!宝石、貴金属はタダで詰め放題!」
由美  「ええええ!ブランド品も買いたい放題じゃない!あ、でもいい男はいるのかしら?」
カレン「あなたが望むようなイケメンなら腐るほどいると思うわ。私にとってはあれだけど」
由美  「(カレンの手をとって)ほんと!?それ?」
カレン「え!?ええ。もちろん。全部ホント!ホントのホントよ!」
由美  「じゃあ。行く。すぐ行く!あっちの方がよさそうだもの!」
カレン「それはよかったわ!(指をさして)さ、希望の扉はもうすぐそこまで開いてるわよー!」
由美  「早くあの世に連れてってー」

カレン、由美腕を組んでスキップしながらハケる。
入れ違いで、ロザリー登場。

ロザリー 「(ファイルに何やら書きながら)クライアントナンバーF―8587249完了っと」

カレン、ハケた方向から再び登場。

カレン 「ちょっろいわー」
ロザリー「カレンさん、お疲れ様。これまでで最短ね」
カレン  「最近の子ってあんまり幸福じゃないのかしら。物欲を刺激するとコロっといっちゃうわね。もっと大事なものはないのかしら」
ロザリー「そういえば、他のエージェントもそんなこと言ってたわね」
カレン 「でしょう?ま、あの世に行ったら悟り開いちゃって、そんな気もなくなると思うけど」
ロザリー「それって詐欺じゃ……」
カレン  「いいのいいの。時間に間に合えば何だって」
ロザリー「まぁ、規則にはないわね。しかし、さすが死神界の大御所。山田とはぜんぜん違うわ」
カレン  「山田?」
ロザリー「ああ。今、監査対象になってるエージェントよ」
カレン  「何か問題でも起こしてんの?」
ロザリー「問題も問題。クライアントに対して一ヶ月前に死の宣告をするの。で、未練残さないよう準備期間を与えるのよ。こんなのマニュアルにないわ」
カレン  「思い出した、そのエージェント。私の周りでもうわさになってる」
ロザリー「有名人だったの?彼」
カレン  「いやぁ、彼はね、昔ヘマやっちゃったのよね」
ロザリー「あ。もしかして!」
カレン  「そう。あの事件」
ロザリー「(ファイルを開きながら)確か……あった。クライアントナンバーC―4368905。……山田はクライアントを送り届ける途中だった……」
カレン 「定時になって、扉が開いたその瞬間、山田のクライアントは突如、元の世界へ、つまり、元来た道を引き返そうとした。山田が必死で止めたにも関わらずね」
ロザリー「その後、クライアントは行方不明。魂は行き場を見失い、最後は……」
カレン 「そう。私たちにとっては最も避けなきゃいけない事態。他人事じゃないわね」
ロザリー「……でも、これは事故ってことで終わってるじゃない」
カレン  「彼はそうは思ってないかもね」
ロザリー「まさか罪滅ぼしであんなことを?」
カレン  「どうだろ。ま、人間は時々予想もつかない行動をとるから。特に扉を目の前にするとね。最もこの私ならそんな回りくどいことしないけど」
ロザリー「例えば?」
カレン 「さっきみたいに、まずはモノでつる。そういうのが駄目なら、先に死んだクライアントの思い出の人に登場してもらう。こっちはいいよー。こっちおいでーって。それでも駄目なら、魑魅魍魎のエサにするわよって脅すかな。あとはね、これはとっておきなんだけど」
ロザリー「(話をさえぎって)も、もう結構よ……任務遂行率100%は伊達じゃないわね」
カレン  「まぁね。しっかし、山田って子、不器用な死神さんだね」
ロザリー「まぁ、ルール違反ではないし、ちゃんと仕事さえしてくれればいいんだけど……」

ロザリーしばらく考え込む。

カレン  「ロザリーさん、どうしたの?」
ロザリー「……個人的に彼のやり方に興味が沸いてきた」
カレン  「あらあら、マル死のロザリーまで動かすとは、彼、大したもんだわ」
ロザリー「でも、定時には必ずクライアントを連れてくるようにさせないと。これを破られると弁護できなくなるから」
カレン  「そうそう。あなたの点数下がるしね」
ロザリー「まぁね。じゃあ、私いくわ」

ロザリー、はける。

カレン  「面白くなってきた。さぁて、私も次のクライアントのところに行きますか」

カレンはける。
暗転。

#創作大賞2023
#オールカテゴリ部門

作品一覧

日々実践記録として書いておりますが、何か心に響くことがありましたら、サポート頂けましたら幸いです。何卒よろしくお願い致します。