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恐竜の話:子供、エンターテインメント、知識生産

はじめに

私が自然史博物館の写真を多数アップしているのは、子供と話しているうちに古生物学が微妙にブームになっているからです。ことの始まりはこんな感じでした。

前の住居の地主がオランダ人の資産家で、私達の子供をかわいがってくれました。

「男の子はみんな恐竜が好きなんだ」

と言って彼の子どもたちが使っていた恐竜のフィギュアや図鑑をたくさん貸してくださった。そして、案の定、下の子は恐竜にはまりました。

私自身、子供のときは恐竜の図鑑を暗記していたほどでした。恐竜ってルックスやダイナミックさがとても魅力的なので、(ジェンダー論的には微妙だけど)地主が言っていたことはあながち間違っていません。

恐竜への関心は長らく忘れていたけれど、親として、あるいは歴史家として、恐竜という存在について再度学んでみると改めて魅力的な生き物だと感じます。

私達の人生は、長く生きられるようになったと言っても、たかだか100年くらいのものです。そして、アウストラロピテクスから我々の時代まで、長く数えても700万年くらいで、「人類」の歴史はたかだか数十万年。人類が地上で支配的な動物種のひとつでいる期間はさらに短いです。広義の恐竜が生きていた時代は全体で約2億年に及ぶ。だいたい人類種の約400倍長く存在していたことになります。

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↑ネアンデルタール人とホモサピエンスの頭蓋骨。数年前、日本のチームがネアンデルタールとホモサピエンスの交代についての協同研究が行っていてかなり面白い結果が出てると聞いています。

ジュラシックパークと時代区分

ある日、子供から「なんでスピノサウルスはティラノサウルスより強いの?」という質問が来ました。Youtubeでこの2種が戦うのを見たという。おそらく元ネタはスピルバーグのジュラシックパーク3。

子どもたちの歌にもなっています。

歴史家としては、「そもそもスピノサウルスとティラノサウルスって同時代の生き物なの?」っていう問いが挙がってきます。恐竜たちが生きていた時代はあまりにも長いため、彼らはその間に大きく姿を変え、大規模な入れ替わりを経験しているわけです。

少し調べてみると、どちらも白亜紀後期の恐竜だけれど、スピノサウルスの方が時代的には早く、ティラノサウルスが登場した頃にはスピノサウルスはおそらく絶滅していただろうということがわかりました。

なので、子供の質問にガチレスするならば、「多分スピノサウルスとティラノサウルスは今まで戦ったことがないので、この2種が戦うという設定は映画監督がエンターテインメントとして思いついたことだ」ということになります。

ジュラシックパークシリーズは、エンターテインメントとしては素晴らしいけれど、異なる時代の恐竜があたかも共存していたかのような印象を与えます。

恐竜が生きていた約2億年のうち、例えばブラキオサウルスとステゴサウルスは、おそらく同時代に生きたと考えらています。しかし、彼らが存在していた時期というのは、(現在発見されている層から言えば)それぞれ100万年、500万年程度に過ぎません。スピノサウルスやティラノサウルスとは、全く別の時代ということになります。

最近のスピノサウルスの研究

自分の研究の合間に読んでわくわくした最近のスピノサウルス研究がこちら。

スピノサウルスは、ドイツの研究者が戦前に見つけた化石が唯一のものだったのですが、大戦中に連合国軍の爆撃でそれが破壊されているのです。つまり、数十年間に渡って研究する素材が失われていた生き物なのです。

このような背景の中、アフリカで新しいスピノサウルスの化石を見つけたのが上記の論文の筆頭著者のニザール・イブラヒム博士です。彼のチームはこの新しい化石などに基づいてスピノサウルスの姿を再構築し、「スピノサウルスは主に魚を食べる水棲の恐竜だったのではないか」と主張しています。恐竜というのは、水のあるところに進出したという証拠が非常に薄い生き物です。彼のチームはスピノサウルスが、そういった前提を覆す化石なのではないかと言うのです。

論文読むのが面倒だという人は、彼のドキュメンタリーの方を観てください。非常によく出来ています。

↑新しく発見された化石に基づいたスピノサウルスの等身大の骨格のレプリカが作られ、シカゴ大で見られるみたいです。

ここ数十年の発見で、ティラノサウルスやベロキラプトルも羽で覆われたトリのような爬虫類だという風に認識が変わったそうです。

歴史家としては、新しい発見で過去の認識が更新されるのにはわくわくします。

なんでティラノサウルスは恐竜の王様なの?(言説分析)

子供からのもうひとつの質問で、「なんでティラノサウルスは恐竜の王様なの?」というのがありました。英語の番組ではたびたびそういう風に紹介されるのです。

肉食の恐竜としてはスピノサウルスやモササウルスの方が大きいし、草食の恐竜ではさらに大きいものもいました。そして、恐竜が人類のような階級制の社会を持っていたというわけでもありません。必ずしもティラノサウルスは「恐竜の王様」とは言えません。

恐竜についての言説を分析してみると、科学的な古生物学が一気に進んだのは、19世紀末から20世紀です。当時の研究をリードしていたのは、西洋列強、特にイギリス、そして米国です。そして、20世紀に世界を席捲するのがアメリカのマスメディアです。米国の研究が他よりも世界的に取り上げられやすい時代的な環境があったわけです。

ティラノサウルス、ブラキオサウルス、トリケラトプスなど、映画などの創作において大々的にフィーチャーされることとなった恐竜は、主に北部アメリカで発見された恐竜なんですね。ベロキラプトルは東アジア出身の恐竜ですが、ジュラシックパークにおける姿の再構成においては、アメリカ出身の親戚であるディノニクスが用いられています。例外的なのが、アフリカで発見され、化石のサンプル自体の伝説的な面もあって有名になっているスピノサウルス(アフリカ出身)くらいです。

本筋にもどると、ティラノサウルス・レックスが「恐竜の王様」という認識は、ラテン語のRex=王様から来ています。この命名が成されたのは、1906年にヘンリー・フェアフィールド・オスボーンが発表した以下の論文です。

それ以前にオスボーンを含む様々な学者が「マノスポンディルス・ギガス」「ディナモサウルス・インペリオスス」などと命名していたのに対して、それらを同一種としてまとめたオスボーンの上記の論文でたまたま最初に言及された名称が「ティラノサウルス・レックス」だったので、それが正式名称になったそうです。

つまり、たまたま「ティラノサウルス・レックス」と命名されたのが、アメリカの博物館、おもちゃ、ハリウッドの創作物の売り込みに使いやすい「王様」という名称を持っていたこともあり、様々な媒体を通して大人気を博して現在に至る、ということのようです。

このティラノサウルス人気に関しては、恐竜に関する過去の認識が現在の経済や政治の影響を強く受けているという意味で、言説分析の対象にもなるので、スピノサウルスの研究とは別の意味で興味深いです。

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ややまとまりのない話になりましたが、恐竜、過去を知るという意味でも、エンターテインメントとしてもとても魅力的で興味深いです。

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