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無限掃除機


我が家の掃除機には一つ不思議な点があった。
よく掃除機にはゴミを一定量吸い込むとゴミを溜める紙パックの交換目安として本体のどこかにランプが設置されている。御多分に漏れずこの掃除機にもその機能がついている。

しかし買ってから5年ほどたつのだけど、そのランプが全く点灯しないのだ。

僕は掃除は結構好きな方で、部屋全体に軽く掃除機をかけてから、ゴミ取りワイパーでフローリングをくまなく拭き上げる。汚れが目立って気になるところは雑巾掛けもする。
なので掃除機自体はかなり活躍しているのだけど、一体掃除機がどこまでゴミを吸い込んでいるかが全く分からない。まだランプは付かないのか、まだ付かないのかと思っているうちに、もう5年。

異変が起こったのは掃除機のノズルを外してホースの先端部分でゴミを吸っている時だった。
ふとした弾みでテーブルに肘が当たってしまい、捨てようと思ってテーブルにまとめておいた使い古しのゴルフボールが床に落ち、それを運悪く吸い込んでしまったのだ。ボールはすぽんとあっけなく掃除機に吸い込まれた。
しまった、と思ったのだけどどうせ捨てるつもりだったし、あまりにも気持ちよく吸い込まれたものだからこの機会に紙パックと一緒に捨てればいいかと思い直した。

どうせ捨てるならと他のボールもふざけて吸い込ませてみる。
すぽん、すぽんと面白いようにボールを吸い込むのだけどボールを20個くらい吸い込んでも掃除機は変わらずゴミを吸い続けている。
ゴルフボールの分だけでも明らかに本体の容量よりも多い気がする。

もしかしてこの掃除機、無限にゴミを吸い込むんじゃないかと思い始めた。
吸い込んだゴミはどこへ消えていったのだろう。
虚無の彼方だろうか。ブラックホールでも本体に仕込んであるのだろうか。
それだったら便利だな、などと呑気なことを考えていた。

ひとしきりふざけた後、ノズルをつけようとしたのだけど、横着して掃除機のスイッチをいれたままなのが良くなかった。よそ見をしているうちに掃除機の吸い込み口の先端が、本体に吸い付いたのだ。

ぎゅぽん、という音がしてそちらを見ると、掃除機の吸い込み口が本体に吸い付いている。そのまま吸い込み口はずるずると本体に食い込み続け、沈みこんでいく。そこでスイッチを切れば良かったのかもしれないけど、焦った僕はとっさに吸い込み口を引き抜こうとした。しかし不思議な吸引力でじわじわと先端は本体に食い込み続け、ついに反対側に到達した。

その瞬間、どぱん!と大きな音を立てて周囲に一斉に塵と埃と20個のゴルフボールがはじけ飛んだ。
なにが起こったのか。掃除機の吸い込み口が掃除機本体を通り抜けて再び外に飛び出したことで、掃除機がクラインの壺、つまり境界も表裏の区別も持たない曲面と化したのだ。

掃除機の内側と外側が同一面上に展開されたことで、今まで吸い込んだ5年分のゴミが一斉にはじけ飛んだというわけだ。

まあそれだけなら僕の部屋が汚れるだけで済んだんだけどね。
どうやら嘘からでた真というやつで、本当に掃除機の中にはブラックホールが生じていたらしい。
それがクラインの壺と化した。内と外が同一となった。ということは掃除機内に閉じ込められていたブラックホールが外に飛び出したのと同じわけで、ブラックホールはその後急速に周りの物を吸い込みはじめ……。

そして僕はいま事象の地平面に無限に落ち続けている状態にある。
まあ君もゆっくりしていきなよ。時間はたっぷりあるんだし。

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