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勉強の苦手パターン⑤ 教科書に書いてあることは分かるが、自分と結び付けて考えることができない

(この記事は約16分で読めます)

前回のパターン④では、子どもが教科書を読めない原因の一つに「日本語の発音・語彙・文法能力の深刻な不足」があることを説明しました。

パターン⑤では、「国語力があるにも関わらず、教科書に書いてあることがうまく理解できない」という子どもたちについて分析します。


▼このブログで一番伝えたいこと

パターン①から④までずっと、「勉強の苦手な子」に共通して見られる特徴とその原因を分類してきました。
その核心となるのがこの⑤です。

なぜならここで説明する要素…

・子どもの「体験」
・子どもの「環境」

この2つが、子どもの学力形成に最も大きな影響を与えるからです。

▼「教科書に書いてあることと自分を結び付けられない」子はどんな状態か?

端的に表すと、理解が非常に浅く、習った事柄に関する解像度が低い・応用がきかない状態です。

※↓「首里城」と聞いた時の、頭の中のイメージ

↑解像度高くイメージできる状態↑
↑イメージの解像度が低い状態↑

▼子どもの「体験」が学力に与える影響

いわゆる「理解の早い生徒」(=教科書と自分を結び付けて学んでいる生徒)と「教科書と自分が結びつかない生徒」を対比させて説明します。

例:エタノールの沸点

中学1年生の理科では、沸点の違いを利用して蒸留を行う方法を習います。

・水…沸点は100℃
・エタノール…水より沸点が低い
↓だから↓
水とエタノールの混合物を加熱すると、初めはほぼエタノールだけが蒸発する。だから蒸留ができる。

という内容です。

◾️理解の早い生徒の例

講師:注射をする時、冷たい液体を脱脂綿で腕に塗るでしょ?
生徒:はい。

講師:あれがエタノールなんだよ。塗った時にスースーするけど、すぐに乾いてなくなるよね?
生徒:はい。あれ、冷たいですね。※1

講師:エタノールはアルコールの一種で、すごく蒸発しやすい物質なんだ。室温くらいでも蒸発しちゃう。気化熱はもう教えたよね?※2

――――――――
【生徒の頭の中の流れ】
腕にエタノールを塗った(体験)
→冷たかった!(感覚・記憶)
→エタノールは蒸発しやすい物質だからだ(教科書の知識)
――――――――

講師:だから、「エタノールの沸点は78℃」なんて暗記する必要はないんだ。
「室温でもすぐに蒸発するくらい蒸発しやすい性質」ってことが分かれば、どんな問題でも対応できるからね。※3
――――――――

※1教科書の内容と自分の体験がつながるので、用語を具体的にイメージできます。
「注射」「冷たい」「ツンとするにおい」など複数の記憶を巻き込んで覚えているため、非常に忘れにくくなります。

※2…腕が冷たかった→気化熱・蒸発 というように、体験を思い出すことによって、過去に習った知識と今習った知識がつながっています。
そのため、いちいち問題集を解き直さなくても「授業を聞いてるだけで毎日が復習状態」になっています。
トップ層の生徒があまりテスト勉強をしないのは、これが大きな理由です。
ちなみに沸点が低いことと蒸発のしやすさに直接の関係はないそうですが、イメージを優先して教えています。

※3…理解の解像度が高いので、情報の重要なところを抽象化して記憶できます。だから、丸暗記する必要がなくなります。
そのため暗記の負担を減らすことができ、応用をきかせることもできます。
応用問題が解ける生徒/解けない生徒の差は、この理解の仕方の違いにあります。

◾️勉強の苦手な生徒の例

講師:注射をする時、冷たい液体を脱脂綿で腕に塗るでしょ?
生徒:…分かりません。
――――――――

→教科書の内容と自分の体験がつながらないため、教科書のとおりに「エタノールという物質」を理解しなければならなくなります。
つまり、

「エタノール(?)はアルコール(?)の一種で、水よりも沸点の低い(?)物質である。」

という言葉どおりに覚えるしかないんです。

そのため、解像度高くイメージすることができません。
そのため「だいたいこんな物質だな」と抽象化して理解することができず、暗記のために脳に大きな負担がかかります。

その結果、1、覚えるのが大変なのに2、忘れやすく3、応用もきかない、という苦しい状態になります。
これが、子どもを「勉強が苦手」状態にさせている最大の原因です。

▼その他の例

以下、すべて実際に小中学生を教えて感じたことです。
関連経験があると、その単元ではその子の持つ平均学力よりも高い理解度・学習意欲を示すことが多くありました。

いわゆる「自分ゴト化」によって、学習にプラスの補正がはたらきます。

■国語

・よく読み聞かせをしてもらった子は、日本語の語感や語彙を身につけやすい
・物語文で「野球」などスポーツがテーマの時、ルールを知らないために登場人物の心情が理解できない。動植物や天体を扱う文章の場合も同じ。 など

■数学

・お菓子作りの経験があると「比」や「割合」を理解しやすい
・アナログの温度計を見たことがあると「正負の数」を理解しやすい
・乗り物での移動経験が多いと「速さ」の単元を理解しやすい など

■理科

・料理の経験があると「物質の三態」や「酸化・燃焼」「圧力(刃物で物を切る仕組み)」等を理解しやすい
・博物館や科学館に行った経験 など

■社会

・旅行経験が多いと地理を理解しやすい
・選挙に行った経験があると公民を理解しやすい
・テレビ、漫画などで時代モノを見た経験があると歴史を理解しやすい など

分かりやすくするためにアクティビティっぽいものを取り上げましたが…

・大人とたくさん話す → 語彙力が増える
・音楽や歴史など趣味をもつ人と友達になる→自分もその分野に興味をもつ

など、日常生活のあらゆるものが体験になります。

次に、子どもの「環境」と学力の関係について書いていきます。

▼子どもの「環境」が学力に与える影響

気をつけなければならないのが、「体験だけでは学び(知識の習得)に繋がりづらい」という点です。

環境の要素①:体験を学びに変換する人や物

腕にエタノールを塗るという体験をしても、その時に「それってただの水じゃないよね?なにか意味がありそうだよね?」と気づきを与えてくれる人がいなければ、子どもは学べません。

子どもたちの身近に、「体験を知識に変えてくれるガイド」が必要なんです。

それは親だったり、先生だったり、物知りな友達や恋人だったり、あるいは辞書や図鑑やインターネットだったりします。

たとえばこんなエピソードがあります。
私は以前、「地球が太陽の周りを回っている」ということを知らない中学生を教えたことがあります。
この話を大人にすると、反応が2つに分かれました。

反応①「公転って何年生で習うんだっけ?学校で習ってないなら知らなくてもしょうがないよね。」
反応②「え、それヤバくない?普通なら小学生くらいから知ってるよね。」

ちょっと炎上が怖いのですが、いわゆる「高学歴」と言われる方たちは、全員が②の反応をしました(私が聞いた中での話です)。

この話をとおして伝えたいのは、高学歴の方たちは「科学や社会の基本的な知識は、学校で学ぶようなものではない」と考えているということです。

公転の例で言えば、幼稚園の時に絵本で読んでもらったし、アニメでも漫画でも見たし、大人との会話の中でいつも話しているから「知っていて当然」であり、学校や塾で苦労して勉強するものではないと考えていました。

このような意識を持っているので、自分の子どもたちにもそのような環境を整備します。
その結果、その子どもたちも毎日の生活の中から様々なことを学んでいきます。

このように、その子がどんな価値観を持った人や、どんな物に囲まれているのか…人的・物的な豊かさ(私はこれを「環境資本」と呼んでいます)が、体験→知識の変換率を決定します。

環境の要素②:子どもの心理的安全性

知識を直接与えてくれる人や物以外に、

・子どもが意見を言った時にいつも尊重してもらえる。否定されない
・学びの「楽しい」を一緒に共有してくれる人たちに囲まれている

といった、心理面での環境(=心理的安全や好奇心を与えてくれる人たちの存在)も非常に重要です。

私の受け持った生徒の例では…

「分からない」と親に言うと叱られるから、無理やりに答えを言わなければならない環境だった
→間違えることが怖くて、模範解答以外の考え方をやめてしまう

学校で発言をすると「でしゃばり」だと見なされる
→自分の意見を表に出せず、「先生の話を覚えることが勉強である」と感じるようになってしまう

・きょうだいの成績と比較される
→自分の頑張りや成長ではなく他人との差で評価されるため、成績が伸びても喜びを感じられない。
逆に相手の成績が下がると安心するなど、勉強の目的を見失ってしまう。

こういう環境にあった生徒たちの学力を伸ばすことは、極めて困難でした。

自分の意見や存在が肯定される環境で生活することは、学びの効果を出すための大前提であり最低限の条件です。

▼子どもの貧困問題から学んだ「環境」と「体験」の重要さ

近年、子どもの貧困や学力格差(教育格差)が社会問題になっています。※4
私は2014年から各地の無料塾や子ども食堂に参加させていただき、様々な環境の子どもたちに勉強を教えてきました。
そして、団体を運営されている方たちにお話を伺ってきました。

そこで学んだこと…
それは、学力格差の原因は単純な経済格差ではなく、「環境・体験の格差」にある、ということでした。

――――――――
(環境・体験の格差の例)
・勉強を見てくれる人や、モチベートしてくれる人が身近にいない
・家に辞書やタブレットなど「調べる」ためのツールがない。使い方を教えてもらっていない
・お金のかかる経験をしたこと(年中行事、旅行、外出など)が極端に少ない
・学ぶことを軽視したり、子どもの意見を否定したりする人が周りに多い(例:非行グループに巻き込まれている) など
――――――――

学力の前提となる「意欲・好奇心・心理的安全性」に大きな格差が存在しており、その影響は、通塾の有無などの要素と比べて極めて大きいことを知りました。

これらの指導・取材経験だけでなく、私の母校である一橋大学の同級生たちの生い立ち環境※5から考えても、これはかなり再現性の高い学力要因だと感じています。

※4「東大生の親の6割以上は年収950万円以上」『 ニューズウィーク日本版』 
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2018/09/6950.php

※5 毎朝新聞を読み、美術館や博物館によく行くし、アウトドアもする。
小学生のうちから習いごとを4~5個かけ持ちしていたり。
ボーイスカウトや英会話などはスキルとしては身につかなかったけど、「楽しかった」ことで学習意欲が高くなり、それが成績につながったという話を友人たちから聞きました。(逆に「つまらない」と感じたものは役に立たなかった)
家には辞書や図鑑、虫眼鏡や地図、ネット環境があり、大人がそばにいて子どもの「なぜ?どうして?」を引き出したり褒めたりしてくれる。
そして、必ずしも塾にたくさん通っているわけではない(通信教材で自学するなど)という特徴がありました。

▼⑤のまとめ/学習塾での解決の可否/ブルデューとの関係

■まとめ

・教科書に書いてあることと自分の体験が結びつく子は理解が早く、忘れにくく、少ない負担で勉強ができる
逆に、それができない子は教科書に書いてあるままの言葉で学ばなければならない。大きな負担がかかり、勉強が苦手になる。

・子どもの学力の種になるのは「体験」であり、体験は十分な「環境」があって初めて知識とつながる
→子どもは体験単独からは学べないので、体験と知識とを結び付ける環境(①親や教師などの人、②タブレットや図鑑などの物、③子どもが安心して意見を言えるなど心理的環境)が非常に重要

学力を構成するものは何か?を説明した図

■学習塾での解決の可否

環境や体験は、幼少期から十数年かけて積み重ねて作られるものです。
そのため、パターン⑤は学習塾だけでは解決することができません。

■補足:ピエール・ブルデュー「文化資本」との関係

この記事で書いた意見は、フランスの社会学者ピエール・ブルデューによって提唱された「文化資本(1973)」※6という概念とよく似ています。

ごく大まかに説明すると、子どもの学力は以下の3要素によって大きな影響を受けるという主張です。
古くからある説ですが、今でも教育論文に引用される有力な主張です。

①経済資本  = 家庭の裕福さ
②社会関係資本= 人との繋がり、人脈
③文化資本  = 子どもの過ごす環境(家に本や絵画があるなど)

私がこの記事で書いた「環境」と「体験」は主に③に当てはまりますが、①と②も含みます。

家庭が裕福であれば体験にお金をかけやすかったり、保護者が子どもに学びの環境を整えるための時間を取りやすかったりしますし、
人との繋がりが豊か=子どもが多様な価値観や情報源に触れられる環境にいる、と考えられるからです。

※6「文化資本」『ウィキペディア日本語版』https://w.wiki/4GUC

〇2022/5/31追記:
麻布学園 平秀明校長からのメッセージ

「種が発芽するには、水と空気、そして適度な温度が必要ですが、植物が成長するためにはそれに加えて日の光と養分が必要です。それはちょうど、子どもが成長するのに、愛の力と、そして知識や教養などが必要なのと同じです。」
「しかし種にはもともと自ら成長する力が宿されています。それは、生徒一人ひとりが持つ力と同じです。」
「勉強は一人でもできる行為です。しかし、人間が人間として成長するためには、人と人とが磨き合うことが必要なのです。そして人を磨くのは、人にしかできないと思っています。」

→上のイラストで表現した…
水をやる(=塾や学校での教え込み)ことよりも種を育てる(=子どもが本来持っている知的好奇心を広げる)ことが大切であること、
②そしてそのためには「どんな人と一緒に過ごすのか」=子どもが時間を過ごす環境こそが重要だということ
これらの点においてとても共感できるメッセージでしたので、リンクを貼らせていただきました。


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