BLUE GIANTの「内臓をひっくりかえすくらい自分をさらけ出したソロ」とは?
平さんのグッとくる & ゾッとするセリフ
ブルージャイアントで、ジャズライブハウス「SoBlue」の平さんがピアニスト雪祈に投げかけた痛烈な問い「内臓をひっくりかえすくらい自分をさらけ出すのがソロだろ。君はソロができないのか?」というセリフは、とても印象的です。漫画で読んだ時にグッときたし、いちピアニストとしてゾッとしたのを覚えています。
そして単行本を読んだ後に「内臓をひっくりかえすソロ」とは何かを考えました。一番最初に思い浮かんだのは、マイルス・デイビスの「Four & More」での演奏です。
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アルバム1曲目「So What」のソロ、ちょうど01:30過ぎたあたりの長い休符から一転して、まるで雷が鳴っているのかと思うようなトランペットの咆哮を聴いて、驚愕したのを今でも覚えています。人間がトランペットで自然現象を表現できるのかと驚きました。
青色巨星ブルージャイアントが放つソロ
同じ「ブルージャイアント」に出てくるセリフで言うところの「ジャズという根っことつながっている」であり、まさに「あまりに高温なため赤を通りこし、青く光る青色巨星」とはマイルス・デイビスだとあらためて実感します。
この「トランペットが雷鳴に聞こえる」について、「Four & More」視聴後に読んだ「マイルス・デイヴィス自叙伝」の中で、とても納得する描写がありました。
「Four & More」の「So What」でのマイルス・デイヴィスのソロを雷鳴と感じたのは私の主観でしかありません。しかし、少なくともマイルス・デイビスは、体内に宿した竜巻が強い風となって、楽器を通じて出ていくという認識をもっていたように思えます。
平さんの言う「内臓をひっくりかえすソロ」とは?
では「ブルージャイアント」の平さんが言いたかった「内臓をひっくりかえすソロ」とは何だったのか?それは、自分の中にあるルーツ的な要素を、楽器を通じて吐き出して、自己表現すること。それが「内臓をひっくり返すようなソロ」なのかなと思いました。
「ブルージャイアント」の作中で平さんが、来日したレジェンドミュージシャンのSo Blueでの演奏を聴いて「彼も全盛期には及ばない」と落胆するシーンがあります。それは、演奏的なテクニックの劣化ではなく、人間の根源的なルーツを楽器を通じて吐き出していない。という点で「遠く及ばない」と思った気がします。その落胆とは、若くしてそうなってしまっていたピアニスト沢辺雪祈の演奏を聴いた時の落胆と同じだったのかもしれません。しかし、例えそうであったとしても、ものすごい演奏だとは思うのですが。
平さんが言っていた「君はソロができないのか?」について、同じく「マイルス・デイヴィス自叙伝」に「マイルス・デイヴィスの親父が語るモッキンバード」という有名な描写があります。自己表現とはまさにこのことだと思うエピソードです。
自分の鳴き声とは何か?
私は以前、ジャズのセッションに参加した時、トランペッターの老人がこんな話をしてくれたのを今でも覚えています。
ジャズのライブでお客さんが観に来ているのは、そのプレイヤーが内臓をひっくりかえしてまで伝えようとしている何かを観るためなのでは?と思います。
ちなみに劇場版「ブルージャイアント」の後半、So Blueでの演奏でピアニスト沢辺雪祈が覚醒するシーン。上原ひろみさんのソロ演奏は、内臓がひっくりかえっていて、劇場で視聴していてゾクゾクしました。
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