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静 霧一 『クリスマスソング』


 僕は子供のころ、クリスマスイブの日が一番好きだった。

 香ばしい匂いのするチキンに、ケーキの上で踊る砂糖菓子。
 家族みんなでへったくそなクリスマスソングを歌いながら、聖なる夜を祝福した。
 僕はよくサンタさんさんが来るのを待ちわびて、無理して夜更かししていたことをふいに思い出した。

 あれから何年経ったのだろうか。

 僕は今、このクリスマスイブの日に独り、イルミネーションに飾られた街路樹に立っている。
 どこもかしこもお祭り気分で、街路樹の通り沿いのお店はどこもかしこも、クリスマスの魔法にかけられたみたいにきらきらと眩い光を灯していた。

 君へのプレゼントを探しに来たというのに、なんでこんなにも空しいのだろうか。
 かさつく右手を握っても、ただただ空を切るばかりで、そこから生まれるものは寂しさしかなかった。

 街路樹を歩き、お店のショーウィンドウを覗いていく。
 そこにはお洒落に着飾られたネックレスや指輪が立ち並び、となりのお店に目を移せば、かわいらしいくまのぬいぐるみが花束を持って座っている。

 君にいったい何を贈ったら喜んでくれるだろうか。
 そればかりが頭の中を駆け巡り、思考はありもしない迷宮を作り出した。

 ふと視線を上げると、ショーウィンドウ越しには、トナカイの角をつけた恋人たちが、ぎゅっと手を握り合いながら歩いていた。

 羨ましいなんて思わない。
 ただ、もしあれば僕と君であればどれだけ幸せなんだろうか。
 そんな想像は、口から漏れ出る白い息とともに、澄み切った夜空へと消えていった。

 子供のころは、サンタさんに憧れることなんて想像もしていなかった。

 僕が欲しいのはプレゼントであって、サンタさんに会いたいというのはただの好奇心であった。
 きっとあの頃は、自分が誰かのサンタさんになるだなんて思ってもいなかった。

 それでも大人になった僕は、誰でもない君のサンタさんになろうと強く願っている。

 僕はこの時初めて知った。
 サンタさんはなろうと思ってなれるものじゃない。
 僕にはそれが悔しくてたまらなかった。

 どこかで、聖夜を祝う鐘が鳴り、それに耳を澄ませるように恋人たちは立ち止まる。
 燦々と粉雪が降り始め、皆は空を見上げた。
 その鐘の音に雪を解かすほどの温かな永遠の幸せを願い、夜空を彩る星天に思いを馳せていく。

 僕はただ、凍える両手で冷たさを握りしめ、「君の隣で笑っていたい」と祈った。
 こんな神様に君との幸せを願うなんて格好悪いだろうか。
 君とただ話がしたいんだなんて思っていたら、笑われてしまうだろうか。

 クリスマスなんて嫌いだ。
 余計に君が恋しくなるじゃないか。

「―――君が好きだ」
 言葉は白い息となって、ふわりと粉雪とともに溶けていった。

 目まぐるしく時間は駆け足で過ぎていく。
 君と出会った日のことが、昨日のようにも思えて、それは未だに消えることなく僕の心を温かく灯していた。

 この片思いが永遠に続くものだと思っていた。
 君は優しいから、僕のそんな想いに気付かないままで、僕はそんな優しさに戸惑った。

 誕生日も2人で祝って、美術館に2人で行って、くだらない話と君の好きな小説を語り合いながら、お酒を酌み交わしたことが僕にとってはかけがえのない想い出であった。

 それでもやっぱり、君の心は彷徨い続け、僕はその心の背中を追っている。夢の中で君を抱きしめても、それは煙のように消えて行って、僕は涙で枕を濡らした。

 あぁなんで、恋なんてしてるんだろう。
 今この時も君のことを考えてしまっていなんて、僕らしくないのかな。
 息をするたびに苦しいと思うのは、雪のせいだと言えたならどれだけ楽になるだろうか。

 そんな辛い日々がどれほど、君が僕を好きにさせたかなんてわからない。
 だから、僕はクリスマスに君に伝えなきゃならないんだ。

 僕は君へのプレゼントを片手に、冷たくなったベンチへと座り込んだ。
 もし、サンタさんがいるのなら、一生のお願いを使って、今すぐにでも君を連れ去ってほしい。

 だけれども、そんなサンタさんはもう来てはくれない。
 君の隣にいれば、こんなこと思わなくても済むのだろうか。

 だからせめて、この感情だけは伝えたい。
 でも、口で言うなんて恥ずかしいから、クリスマスカードに想いを綴るよ。

 この白いカードに書きたいことは山ほどある。
 君がくれた幸せな想い出も、言葉にできない感情も、形に出来ない幸せも、その全てを君に伝えたい。

 だけれども、僕はそんなにも沢山の愛の言葉を囁くことは出来ないし、君への愛情を表す洒落た言葉を僕は知らない。
 だから、そんな不器用な僕に出来る精一杯を君に伝えたい。

 真っ白なクリスマスカードには、たった一言、君に愛を込めて伝えるよ。

『―――君が好きだ』


 ≪歌詞≫

 どこかで鐘が鳴って
 らしくない言葉が浮かんで

 寒さが心地よくて
 あれ なんで恋なんかしてんだろう

 聖夜だなんだと繰り返す歌と
 わざとらしくきらめく街のせいかな

 会いたいと思う回数が
 会えないと痛いこの胸が
 君の事どう思うか教えようとしてる

 いいよ そんな事自分でわかってるよ
 サンタとやらに頼んでも仕方ないよなぁ

 できれば横にいて欲しくて
 どこにも行って欲しくなくて
 僕の事だけをずっと考えていて欲しい

 でもこんな事を伝えたら格好悪いし
 長くなるだけだからまとめるよ

 君が好きだ


 はしゃぐ恋人達は
 トナカイのツノなんか生やして
 よく人前で出来るなぁ
 いや 羨ましくなんてないけど

 君が喜ぶプレゼントってなんだろう
 僕だけがあげられるものってなんだろう

 大好きだと言った返事が
 思ってたのとは違っても
 それだけで嫌いになんてなれやしないから

 星に願いをなんてさ 柄じゃないけど
 結局君じゃないと嫌なんだって
 見上げてるんだ

 あの時君に
 出会って ただそれだけで
 自分も知らなかった自分が次から次に

 会いたいと毎日思ってて
 それを君に知って欲しくて
 すれ違う人混みに君を探している

 こんな日は他の誰かと笑ってるかな
 胸の奥の奥が苦しくなる


 できれば横にいて欲しくて
 どこにも行って欲しくなくて
 僕の事だけをずっと考えていて欲しい

 やっぱりこんな事 伝えたら格好悪いし
 長くなるだけだからまとめるよ

 君が好きだ

 聞こえるまで何度だって言うよ

 君が好きだ

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