カフェオレと塩浦くん 最終話#44
開け放たれた部屋に四月の風が舞い込む。
見慣れた部屋だというのに、物が何も置いていないと、なんだか寂しさを感じる。
私は今日、彼の部屋の引っ越しの準備に彼の自宅に訪れていた。
「少し、外歩かない?」
私は彼からの提案を受け入れた。
彼の住んでいるアパートを出て、歩きながら住宅街を抜けていく。
ほどなく歩くと、突然桜の木が立ち並ぶ道の前に出た。
私たちは桜がひらひらと降る歩道の中を進み始めた。
綺麗で幻想的な光景に、言葉はいらなかった。
私たちは黙ったまま、ともに手を結び、ゆっくりと歩いた。
あれからというもの、私の退職は受理され、会社を辞めることとなった。
彼もまた退職が受理され、退職日は4月30日付けとなった。
私は後藤会長に言われた通り、東条の強姦未遂の証拠を集めるために、連れ去られたホテルの監視カメラの映像、フロントを担当していた人の証言、乗せられたタクシーのドライブレコーダー映像を入手した。
それらのアポイントや立ち合いには後藤会長が懇意にしている弁護士についていただき、東条を訴えられるだけの決定的な証拠を集めることが出来た。
後藤会長も、海崎と東条と三城の関係性についてを探り、ついにそれは明らかとなった。
3月の終わり頃、会社の大きな会議室に当事者である私と塩浦くん、そして東条と三城、海崎と、人事部長と社長、そして後藤会長と弁護士を交えた話し合いの場が設けられた。
話し合いと言っても、実際は事実確認の場であって、彼らに弁明の余地などあるはずもなかった。
3時間という長時間であったが、彼らの証言を踏まえ、今回の一件の全てがようやく解決したのだ。
まず初めに、東条と三城、そして海崎は同じ大学の出身であり、三城と海崎は同じサークルに加入していた同期であった。
大学卒業後は別々の会社に入社はしたものの、連絡は取り合っており、裏で通じ合っていた。
そこへ東条がレクレアール証券に新卒で入社し、7年間在籍していたものの、女性問題を引き起こして退職。顧客を引き渡すという約束の元で、東条を三城のいる会社へコネ入社をさせた。
だが、話はそれで終わらず、ここから数々の思惑が錯綜し始める。
出世の邪魔であった塩浦を潰したいと考えていた三城は、東条にそれを持ち掛けた。
東条にとっても出世候補を潰せ、なおかつ上井を手に入れられると踏んだ彼は、三城と計画を練った。
この手は大学生の頃から行っていた東条にとってはそんなに難しいことでもなかったようで、計画はすんなりと実行に移された。
そして塩浦くんの任されていた顧客が東条へと引き渡され、そこで顧客となった医師の顧客情報を海崎へと流し、それをもとに海崎が営業をかけ、株や為替取引等の金融取引を持ち掛けているという構図となっていた。
三者の欲望は反吐が出るほどに汚れていた。
それを聞いた人事部長と社長は飽きれ、後藤会長は怒りを露わにした。
そもそも顧客情報の流出は重大な問題であり、さらにはそこで出た利益を三城と海崎は山分けにしていたのだからもっと質が悪い。
人事部長は三城の圧に負け、事実調査を怠っており、社長もそれを片耳半分でしか聞いていなかった。
我らいい大人が若い者を潰すなど言語道断だと後藤会長は言い切り、東条と三城に処分を下すよう社長に進言した。海崎については後藤会長が減給処分並びに降格処分にすると言ったそうだ。
これらの報告が終わり、私と塩浦くんは社長との面談で、「この会社に残る気はないか?」と聞かれたが、それに対して首を縦に振ることはなかった。
もうすでに私たちの心は旅立っていたのだ。
ここじゃない、どこか遠くのほうへ。
「もう、見納めだね」
「そうだね」
そしてまた私たちは桜を眺めた。
東京で見る桜はもうこれで最後かもしれない。
私は広島にいる親戚の伝手を頼り、彼とともに引っ越すことを決めた。
私自身は親戚の経営する飲食店で働くこととなったが、彼はまだ決めていない。
親戚からの縁故で広島にある会社の誘いもあったが、「まだ考えたいんだ」と彼はその誘いを丁寧に断った。
だがもう、広島に住むことは決めている。
今日は4月20日である。
随分急ではあったが、彼は引っ越す先を自分の実家から広島に変えた。
予定通り私と塩浦くんは1週間前に1泊の広島旅行へ行った。
私にとって生きなれた場所でも彼にとっては初めての場所であったそうで、観光地を回るたびに彼は興奮していた。
「住んでみたいな」とぼそりと呟いたことが、すぐに現実となった。
その夜、私たちは初めて体を重ねた。
こんなにも恋人同士となったお互いの距離を縮めるのに時間がかかったのは初めてあったが、これだけ愛を深く確かめ合えたのも初めてであった。
解けかけた運命の糸が、結ばれ、解かれ、また結ばれて。
そうやって私たちは愛というものを知った。
そして、これからも私たちは愛を知っていく。
「本当、雅也って考えてそうで衝動的ね」
「空季だって、物静かそうで活発的じゃん」
お互い、手の指を強く結んだ。
四月の風が強く吹き、桜がぶわっと宙へと舞う。
私は思わず髪を抑え、桜を見上げた。
桜の花びらの合間に小さな青葉がちらりと見え、私は思わずその始まりの息吹に微笑んだ。
Fin
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