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三人展《シェイクスピアの妹たちの部屋》|書斎|Miss Moppet Dolls

 書斎とは、わたしたちにとってどんな場所か。隠れ家、仕事部屋、あるいは読書室? なんにせよ、書斎という場所と〈孤独〉の間には決して解けないリボンの結び目が存在する。書物を愛するわたしたちが理想とする書斎、そこにあるべきものは、例えば重厚なヴィクトリアン・スタイルの書棚、カーテンの向こうから聞こえる風の音、書き心地のよい筆記具——など、挙げはじめたらきりがない。

 でもきっと、いちばん必要なのは、静けさだ。室内に漂う菫色の憂いと、思考をやさしくかき混ぜる静けさ。ヴァージニア・ウルフも、そんな静寂の中で執筆を重ねていたかもしれない。


 わたしは、そこに〈ドール〉がいる風景を夢想する。Miss Moppet氏によるビスクドールは、書斎における孤独をまた違った色に変えてくれるだろう。わたし自身も40センチほどのドール3体を書斎に住まわせているが、このたびの「二人のジュディス」シリーズは60センチ近い大きさだから、その存在感は自室をいっそう特別な領域にするはずである。

 このシリーズは、ヴァージニア・ウルフの著作『私ひとりの部屋』に登場する架空の女性ジュディスに着想を得て制作された。シェイクスピアの妹として生まれ、すばらしい才能を持ちながらその夢を叶えることができないままに消えていったというジュディス。文学史の余白に存在するはずだった女性たちの象徴であるジュディスは、Miss Moppet氏の手により〈少女〉の姿をしてわたしたちの前に現れた。

 ジュディスAと名づけられた少女のまなざしは、なんだか〈ここではない場所〉を見つめているようだ。差しせまる物事や現実をも夢想のスパイスとして想像の翼を羽ばたかせる彼女。一見、おだやかに見えるその佇まいの内には、燦然と輝く太陽のような文学的情熱がたぎっているかもしれない。

 一方のジュディスBは、確固たる視線をわたしたちに向けてくる。まるで「あなたの夢はなに?」と問いかけるように。シェイクスピアの時代、女性がものを書くという行為にどれほどの覚悟が必要だっただろう。わたしはこの少女に、創作に打ち込むすべての女性がもつ、強く美しいきらめきを感じる。

 ウルフは、『私ひとりの部屋』の中でこう言っている。

わたしが率直に飾ることなく言いたいのは、何よりも自分自身でいることの方が、遥かに大事だということです。

 ドールは人間の鏡だと言われるとおり、わたしたちが二人のジュディスを見つめるとき、自分の中にも揺るぎない強さと美しさの反映を感じることができるはずだ。ウルフの言う「自分自身でいること」を助けてくれる存在、それがドールの本質であるとわたしは思っている。


Miss Moppet Dolls|人形作家 Twitter
2013年よりビスクドールの制作を始める。2017年より恋月姫人形教室「銀の翼」在籍。2018年、2019年、Silent Music「祈りの光」展。2020年、2021年、霧とリボン「アブサンの文法」「少女の聖域」展ほか、グループ展参加多数。

嶋田青磁|詩人・フランス文学修士課程在籍 →note
学部在学中にピエール・ルイス『ビリティスの歌』に出会い、詩の魅力に憑かれる。19世紀末の頽廃・優美さを求め、研究の傍ら詩作活動中。オンライン上のストリート「モーヴ街」では、図書館「モーヴ・アブサン・ブック・クラブ」にて司書をつとめている。



作家名|Miss Moppet Dolls
作品名|ジュディスA(二人のジュディス)

オールビスク・描き目・人毛ウィッグ等
作品サイズ|約58cm
制作年|2022年(新作)
*別ショットの画像をオンラインショップに掲載しています

作家名|Miss Moppet Dolls
作品名|ジュディスB(二人のジュディス)

オールビスク・グラスアイ・モヘアウィッグ等
作品サイズ|約58cm
制作年|2022年(新作)
*別ショットの画像をオンラインショップに掲載しています

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