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誰かに宛てる手紙

透明な手紙の香り。その手紙は、磯の香りがした。

どこかにいる、私が知らない人へ
はじめまして。私は今、旅に出ています。
この手紙を書いている場所は海沿いで、沖へと続く果てがきれいな直線を描いています。
海を眺めていると、泳ぎたくなります。まだ泳ぐには早すぎるけれど、海女さんたちを見ていると泳ぎたい衝動に駆られるんです。
旅をするにはお金がかかります。だからといって、インターネットで稼ごうとしても、子供の小遣い程度にしかなりません。なので、海女さんのお手伝いをしています。
海女さんたちはとてもエネルギッシュで、他所から来た私を暖かく迎えてくれました。優しくされたことがなかったので、最初はすごくびっくりしました。
ここだけの話…実は海に潜ったことがありません。というより、トラウマで潜ることができません。
水の中は、とても苦しくて怖い。息もできないし、這い上がって逃げようと思ったら、またゴボゴボしちゃいます。外に出ようとしても、頭を押されて出られません。それを知っているから、全身を沈ませられないんです。
でも今は、海女さんたちのおかげで怖くなくなりました。海に潜った後、海女さんたちは囲炉裏で身体を暖めます。そこでしてくれた話があるので、あなたにお教えしますね。

いいか、磯はおめの敵ではね。
私達わだずらと同じで、グサっと刺されば一瞬で終わら。
したって、命をつなぐにゃ命ばばねぇ。そすれば腹ァ膨れるし、次も生きらさる。
そのためには、磯の声を聞かなきゃなんね。中で声を聞いてれば、喜びも苦しみも全部教えてくれるべさ。

これを聞いたとき、頭がスッとなりました。
海の中でも同じようにいろんなことが起きていること、命をつなぐことで輪廻転生が繰り返されていることが―だから「いただきます」と言うんですね。
早いもので、明日この街を去らなければいけなくなりました。海女さんたちには何度お礼を言っても足りないくらい感謝の念に堪えません。せめてもの気持ちとして、トラウマを克服しようと思います。海に潜るんです。
ここを出たら、また水の中で怖い思いをします。どうせ水の中に入るなら、この海の中に入りたいんです。海女さんたちが獲る貝の命をつなげられるし、彼らの声に耳を傾けられる―私は海の中で透明になれるんです。そして今から透明になるんです。もう、決めました。
突然送りつけといてなんですが、お手紙のやり取りはこれで終わりになると思います。最後に、人生で一番好きな景色を写真に収めたので、よかったらもらってください。
長文を読んで頂きありがとうございました。どうぞお身体に気をつけてお過ごしください。

この街は漁業が盛んで、本当に青々しいです

この小説は小牧幸助さん主宰企画「#シロクマ文芸部」参加作品です。


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