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掌編小説【ごはん】

お題「もずく」

「ごはん」

「こんなものしかなくてごめんなさいね」
そう言っておばさんが出してくれたのは、ご飯と味噌汁だった。
隣に座っているユウコをチラリと見ると、肩を少しすぼめて俯いている。頬が少し赤いのはまだ熱があるのかもしれない。
「いただきます」
ご飯は白く艶があり、ふわふわと湯気が立っていい匂いがする。僕は一口食べてびっくりした。ほどよく柔らかいし、噛むと甘い。
「おばさん、このご飯、すごくおいしい」
「まぁ、ありがとう。うちにはまだ炊飯器がなくて…、鍋で炊いているんだけど。上手に炊けてるかしら」
おばさんはほっとしたように微笑んだ。えくぼができるところがユウコとそっくりだ。
「うん、すごくおいしいです。うちのご飯は…もっとかたくて」
冷たくてぱさぱさでおいしくない、と言おうとして、それはやめた。なんとなく。
「おかわりしてね」
「はい」

僕は、風邪で学校を休んだユウコに宿題を届けに来ていた。でも急な大雨で帰れなくなり、親が迎えに来るまで、ユウコの家で待つことになったのだ。でも父も母もなかなか来なかった。二人とも仕事で帰りが遅いのはいつものことだ。
「ごめんなさいね。私が送っていけるといいんだけど…」
おばさんは足がわるく、滅多に出かけることはないそうだ。おじさんは仕事だという。
「すみません、こちらこそ」
「マコトくんは、きちんとしているわね。ユウコはぼんやりさんだけど」
「マコトくんは級長さんだし、勉強もできるもの」
ユウコは少しすねたみたいにつぶやいた。
「新垣さんは絵が上手だし、歌もうまいじゃないか。僕はどっちもだめだけど」
僕がそう言うと、ユウコはまた少し肩をすぼめて俯いた。頬が赤い。
おばさんがおかわりを勧めてくれたので、僕は遠慮しながらも茶わんを差し出した。待っている間、そういえばまだ味噌汁を飲んでいなかったことに気づいた。味噌汁には具が入っていないように見えた。でも箸で探ると黒くて細いひもみたいなものが出てきた。
「これ…なに?」
おばさんが台所から戻ってくる前に僕は小さな声でユウコに聞いた。
「もずく、よ。沖縄の叔父さんが送ってくれるの。わたし大好き」
ユウコは自分のお椀からもずくをすくい上げて、ツルっと食べてみせた。
もずくって言うのか。僕が聞きたかったのは、これがなにものかということだったが、それ以上聞くのもどうかと思ったし、ユウコが大好きだと言うので、平気そうな顔で恐る恐る食べてみた。少しこりこりとした歯ごたえ。海藻みたいだ。汁も飲んでみるととてもおいしい。少しとろんとしているのはもずくのせいだろうか。
おばさんが戻ってきておかわりを渡してくれたので、僕はすくい取ったもずくをご飯の上に乗せて一緒に食べてみた。うん、ご飯と一緒に食べるのもおいしい。僕の母は味噌汁は面倒だと言って作らないけど、作ってくれたらいいのにな、と思った。
「新垣さんはいつもこんなおいしいご飯が食べられて、いいな」
僕がユウコの方を見てそう言うと、ユウコはびっくりした顔をした。
「そう…かな」
「うん」
僕が大きくうなずいたので、おばさんは笑った。僕が味噌汁もおかわりしたので今度はユウコが台所に立った。おかわりにはもずくがたくさん入っていた。

後日、母にもずくの味噌汁を作ってほしいと言ったが、母はもずくなんて知らないと言うし、味噌汁はやっぱり面倒だと言ってなかなか作ってくれなかった。僕はそれからも時々ユウコの家でご飯をごちそうになった。この家ではなにを食べてもおいしかった。でも僕はもずくの味噌汁が一番好きだった。食器を洗いながら小さな声で歌うユウコの歌声と同じくらい。

それから十五年、今の僕はとても幸せだ。
家にいる時は毎日おいしいご飯と味噌汁がある。
「あなた、今日は家で夕飯食べられる? なにがいい?」
「もずくの味噌汁がいいな。豆腐も入ってるやつ」
ユウコはクスクス笑う。聞かなくても僕の答えはいつもほとんど同じだからだ。

おわり (2022/5 作)

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