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掌編小説【あたりまえ】

お題「縁の下の力持ち」

【あたりまえ】

引っ越してきた家の縁の下をのぞいたら、ちいさな人が床を支えていた。
『縁の下の力持ち』がいる!
「あの…はじめまして」
ちいさな人は黙ってにらみつけるように、ぼくをじっと見た。ちいさな人の腕はちいさいながらも筋肉が盛り上がっていて、ものすごく力を込めているようだ。
「えっと…」
ちいさな人は、怒っているようにも見える。でもぼくは勇気を出して話しかけた。
「きみが、この家を支えてくれてるの?」
「あたりまえだ」
「すごい」
ぼくはびっくりした。ぼくのお父さんは大きいけど、それでもタンスを運ぶのに二人がかりだった。それなのにこんなにちいさな人が、家を丸ごと支えているなんて。
「じゃあ、八十年間ずっと支えてくれてるの…?」
ぼくは好奇心を抑えられない。この家は築八十年の古民家なのだ。
「あたりまえだ」
すごい、すごすぎる。でもちいさな人は、やっぱり怒ったような顔をしている。気をわるくしたのかな、と思った。
「ぼくたち今日引っ越してきたぱかりなんだけど…これからも、きみが支えてくれるの?」
「あたりまえだ」
同じ答えが返ってきて、ぼくは安心した。
「よろしくおねがいします」
ちいさな人は、ふんと軽くうなってうなずいた。怒ってはいないみたいだ。ぼくはお礼に、袋入りのクッキーを一枚、ちいさな人の近くにそっと置いた。

その日の深夜、ぼくの住む地域を震度6強の地震が襲った。
幸い火災は起きなかったが、近所には壊れた家もあった。でも、ぼくの家では家具がずれたり小物が壊れた程度だった。
ぼくは翌日、縁の下をのぞいた。ちいさな人は昨日と同じように家を支えていた。
「ありがとう」
「あたりまえだ」
ちいさな人の足元には、クッキーの空き袋が落ちていた。ぼくは、ちいさな人は手を離さずにどうやって食べたのかな、と思った。

それからも、ぼくは時々縁の下をのぞいた。ちいさな人はかわらずに支え続けてくれていた。ぼくはちいさな人に、時々しつもんした。重くないか、暑いか寒いか、疲れないか。時には自分の悩みも相談した。いじめっ子がいるんだ、学校に行きたくない、算数がむずかしいんだ、等々。
ちいさな人の答えはいつも同じだった。

「あたりまえだ」

何を聞いてもそれしか答えない。でも、ぼくはその答えを聞くとなぜか安心した。そして勇気もわいた。
何度も何度も聞いているうちに、本当にそうだと思えるようになってきたのだ。
『あたりまえ』なんだ、どんなことでも。
ちいさな人は全てを背負っている。そのちいさな体で。そして、ふりかかることは何もかも、ちいさな人にとって『あたりまえ』のことなんだ。重いのも、暑いのも寒いのも、疲れることも。
だとしたら、ぼくにふりかかることも全て、『あたりまえ』のことなんだ…。

ぼくはそれがわかってから、あんまりストレスを感じなくなった。何かをイヤだと思う前に、それをあたりまえだと思うと、なんでもない事にしか感じなくなるのだ。

……

僕がこの家に引っ越してから、もう七十年になる。今では築百五十年の古民家だ。両親はとうに亡くなり、妻も亡くなり子どもたちも独立した。
だから僕は今、一人でこの家に暮らしている。
足が痛かったり、目が見えなくなったり、病気になったり、日々起こる『あたりまえ』の事に身をゆだねながら。

もちろん、ちいさな人はまだこの家を支え続けてくれている。
でも、お菓子をどうやって食べるかは未だに教えてくれない。
「あたりまえだ」

おわり

(2023/3/23 作)


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