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掌編小説【さえすれば】

お題「桜」

【さえすれば】

「随分、剪定されちゃってますね。桜がスカスカ」
「ほんとだなぁ」
今日は公募に出す為に、女性モデルを連れて桜の写真を撮りに来たのだが、満開時には、歩道に覆いかぶさるほどたっぷりの花を付けていた桜並木が、冬の剪定で随分と寂しいものになっている。
しかしソメイヨシノは寿命が人と同じくらいだし、桜並木を維持するには剪定や植樹も必要だ。毎年変わらぬ姿を見たいというのは人のわがままなのだろう。

僕は彼女に同意しながらも、隙間がたくさんできた桜並木もわるくないな、と感じていた。僕は子どもの頃から、壊れかけたおもちゃや、薄汚れたぬいぐるみ、破れた絵本などに愛着を感じるタイプなのだ。きれいすぎる完璧なものよりも。実は、今日のモデルも美人過ぎてつまらない。そんなこと言ったら、めちゃくちゃ怒りそうだけど。

撮影場所を探している時、ふと、スカスカの桜並木の隙間に植樹された細い若木が僕の心を惹いた。しかし満開の花に気をとられ、上ばかり見ている人々は、わずかな花を咲かせているだけの若木には気づかない。あるいは目もくれない。モデルもすたすた歩いて行く。
僕は立ち止まり、その若木にカメラを向けてパシャリと撮った。
「そんなの撮っても仕方ないじゃないですか」
少し前を歩く彼女が不貞腐れたように僕に言う。少ないギャラだからさっさと撮影を済ませて帰りたいのだろう。僕は聞こえないふりをして歩き出した。

夜、その日に撮った写真を整理した。桜、桜、女、桜、桜、女、桜…。途中に例の若木の写真があった。今はまだ添え木を付けて、ひょろりと弱々しく立っている桜。
しかし若木は、このまま無事に成長すれば僕よりも長く生きるはずだ。今はまだ弱いけど。僕はその写真から目が離せなかった。随分長く、その写真を見ていた。

翌週末、今度は一人で桜並木に行った。すでに桜は散り、花見客もいない。気楽だし、静かでいいな、と思う。僕はぶらぶら歩いて再び例の若木のところに行った。
「よお」
声なんかかけてみる。もちろん返事はない。若木からは小さな葉が出始めている。
今はまだ誰からも注目されない桜。いつか誰もが振り向くほど、たっぷりの花を咲かせるのは何年後なのだろう。それまでこの木は無事に成長するだろうか。台風だって来るし、病気になるとか、イタズラに折られる可能性もなくはない。
僕は人の人生と若木を重ねて見る。人の人生、というより僕の人生、か。
ひ弱で、一人で立つこともままならず、不安定で、誰にも見てもらえない、僕。
「君と僕は同じだな」
しかしそうつぶやいた時、瞬時に僕は悟った。
ああ、そうか。

この木は『生き延びさえすれば』花を咲かせる。

そしてそれは自然現象だから僕にも適用される。
生き延びさえすれば、僕もいつか花を咲かせる。

「そうさ」
そう聴こえたのは、風が若木を揺らした音だろうか。


おわり

(2023/3/29 作)

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