見出し画像

掌編小説【ネコジャラシ】

お題「空き缶」

「ネコジャラシ」

私はお酒が飲めない。
でも今日はコンビニで缶ビールを買った。飲みたい気分だからだ。
多分こういう気持ちを「飲みたい気分」と言うのだろうから。
買ったのは小さな135mlの一番搾り。こんな時でも思い切って500mlを買えない小心者が私だ。
私はバカだ。グズだ。ケチだ。ブサイクだ。
公園のベンチに座って手の平で缶ビールを転がしながら自分への悪口をいっぱい考える。でも心の片隅から「そこまでひどくないよ」と言い返してくる小さな私もいる。さらにそれに言い返すように「甘いんだよ」と言う声も聞こえる。私っていったいどれだけいるのだ。よくわからん。私の頭はすでに酔っぱらっている。

私はぬるくなりかけた缶ビールをようやくプシュッと開けた。小さいくせにいっちょまえに泡が吹き出す。さんざん転がすからだ。やっぱり私はバカだ。手の平が濡れて気持ちわるい。
「バカヤロー」
ちいさな声でつぶやいて私は一息でビールを飲み干した。
案外美味しい。
せめて250mlにすればよかったかな、またそんな小さなことをグズグズと思いながら、空になった缶を再び手の平で転がす。手を洗いに行くのが面倒になってハンカチで適当に拭き取る。ズボラな私。中途半端な私。
だから振られるんだ。
だから。
お酒のせいか頭がカーッと熱くなってくる。目頭も痛くて熱い。

その時、人の気配がしたので顔を上げた。
小さなおばあさんが目の前に立っている。
「こんにちは」
「こんにちは…」
「あのね、その空き缶もういらないのかしら」
「は?」
「それ、ちょうどいい大きさなのよね、よかったら譲ってくださる?」
「え、ああ、別に、いいですけど…どうされるんですか?」
おばあさんは目じりのシワを深くしてニコっと笑うと
「花瓶にするの」
と言った。
「あ、でも缶だし、入れるのは草なのよね、そうすると草缶?」
おばあさんは自分で言って自分でおかしくなったのかクックッと丸い背中をさらに丸めて笑う。口を押さえて笑う様子は小さな女の子みたいだ。
「ちょっと座っていいかしら」
「あ、どうぞ」
おばあさんはまだ笑いを口元に残しながら「よいしょ」と言って私の隣に座った。

「ほら見て」
おばあさんは私の前に草を突き出した。ネコジャラシだ。10本ほども束になっている。
「これ、好きなのよね。かわいくて」
ただの草だ。かわいいなんて思ったこともない。おばあさんは「ほらほら」と言って私の目の前に1本のネコジャラシを突き出す。
「にぎってみて」
私はまだ少しビール臭い手で突き出されたフワフワの草をにぎった。
「ニギニギしてみて」
ニギニギ?
ニギニギしてみる。「あ」ネコのシッポみたいなヤツが私の手をすり抜けていく。
「ふふ、おもしろいでしょう」
おばあさんは目元のシワをさらに深くして笑う。
え?なんで、なんで。私が何度もニギニギするのをおばあさんは可笑しそうに見ている。

「あは、は、あは、はは、はははは」
気づいたら私は笑っていた。そしていつのまにか涙も流していた。
「なんで、なんでー、なんで? なんで逃げちゃうの?」
おばあさんは黙ってそんな私を見ている。
「逃げてっちゃう…」
「うん、逃げてっちゃうの」
「そうなんですか」
「そうなのよ。おもしろいわね」
「おもしろいですか」
「そういうもんだからね」
「…そういうもんですか」
そういうもんなのか。逃げてっちゃうもんなのか。
おばあさんは空き缶にネコジャラシを入れて見せた。
金色の麒麟に青いネコジャラシ。おばあさんは目の高さまで空き缶を持ち上げる。夕日が空き缶に反射して麒麟がキラリと光る。
「いい感じねぇ」
そう言われればそうかも。一番搾りを選んで正解だった。私は少し誇らしい気持ちになる。
おばあさんは私の手にネコジャラシを1本乗せた。
「それ、一番いいやつ」
私の目を見て低い声で厳かにそう言うと、ニコッと笑って去って行った。
手の中の空き缶をキラキラ光らせながら、小さな背中が夕日の中に消えていく。
残された私は一番いいネコジャラシをニギニギしてみる。やっぱり逃げていく。
そういうもんだからなぁ。
私は日が暮れるまでニギニギし続けた。ちょっとだけ酔っぱらって、笑いながら。
もう一度コンビニで135mlの一番搾りを買ってもいいなって思いながら。
今度は祝杯のために。

おわり (2020/8 作)

おもしろい!と思っていただける記事があれば、サポートはありがたく受け取らせていただきます。創作活動のための心の糧とさせていただきます☆